遠山原線(両得電鉄津喜支社区間)

津喜支社管轄区間は、上谷~古林です。

解説

 遠山原線は上谷駅と遠山原駅を結ぶ路線。特に業平~両得幕沼間は複々線(高谷~東兵庫間は4複線)で列車の本数が特に多い区間です。複々線区間の開始が業平からなのは、予算の都合とのこと。津喜まで複々線にする構想もあります。この複々線のおかげで急行が減速せず快走することができるのです。

 上谷~深芝間は1955年に開業した区間で、地下区間です。かつては駅が狭く暗いことで知られていましたが、2000年代の駅拡張やリニューアルにより「明るくてきれい」な駅に生まれ変わっています。特に深芝は永京を代表する観光地で、世界的にも知られていることからリニューアルにも気合が入っています。

 業平はNTR永京環状線などと接続するターミナル駅で、来戸本線の電車がこの駅から上谷に乗り入れることもあります。利用客の割には駅が狭く、現在拡張工事が進められています。業平の特徴は2000年代以降副都心として大規模開発が進められていることで、それまで下町風情が強く残っていたこの一帯もすっかりビルばかりになってしまいました。

 駅の南側には永京第二電波塔(高さ700m)が建っており、大きなシンボルとなっています。永京都内の中で最も変化を遂げた街とされる業平。いま永京都内で最も勢いがあると言われています。

 次の文花は業平の再開発に取り残されたため、再開発以前の下町風情が今も残っているエリアです。近年は深芝に次ぐ観光スポットとして知られるようになり、「下町文化」を今も感じることができます。この駅から仙井戸線が分岐していますが、仙井戸線のローカル線感も相まってこの駅の佇まいを好む人は多いようです。

 川井駅はNTR両武線との乗換駅。かつてはこの駅から両武線へと乗り換える人が多数いましたが、地下鉄服部線開業や業平の再開発により以前ほど乗り換える人はいなくなりました。地上に駅がありますが、高架化しようとしても上を両武線が走っているので計画が進んでいません。そのため駅周辺の踏切は「開かずの踏切」として評判が悪いです。

 カーブして地下鉄服部線が海側に見えると、小松原です。周辺はマンションが多く、地下鉄服部線も通ることから人気のエリアです。この小松原からは高架区間が続きます。

 二之江から本塩までは高さが低い建物が多いエリア。築50年近くが経過する建物が多く、空き家問題に悩まされています。浦椿線との乗換駅の満江では再開発が行われ、マンションが増えてきました。満江駅に隣接する「満江タワー」は、周辺住民の憩いの場。知名度は高くありませんが、隠れた名所として知られています。

 永京都内の区間は篠沼が最後。川を渡ると津喜県です。

 遠山原線の津喜県内区間。特に東兵庫から古林までの区間は複々線区間であり、遠山原方面へ向かう電車が快走しています。私鉄である両得電鉄が長い複々線区間を整備できたのは、遠山原方面への交通の便を改善するため、国や県から補助金が出たからです(両得本線の複々線はほとんど自己負担で整備されたのと対照的)。

 お洒落な路線として知られている遠山原線(旧古林線)。両得電鉄の前身となる京得電気軌道は、沿線の地盤が良いことに着目。この地盤の良さをアピールしながら住宅を建てていったのです。また、鎌原大仏など各所に誘致された高校や大学は、遠山原線にフレッシュな風を届けています。古林線沿線育ちの著名人も多く、両得電鉄でも最も文化の香りがする路線と言えるかもしれません。

 東兵庫を出発した電車は、両得本線と別れを告げて古林を目指します。新山神から馬込までは閑静な住宅地が車窓に広がります。行田はかつて「ダンプフ事件」の舞台となった場所です。

 行田にあった海軍無線電信所船瀬送信所は、攻撃部隊に「ロッコウノボレ0334」の電文を送信したことで知られています。この送信所の装置は、ドイツのマリーエン・ケーファーの装置が採用されました。発注はダンプフ・ウント・トロイメライ社に行われ、戦争によりトラブルがあったものの1915年に試験に成功。8月から通信が開始されています。

 ダンプフ事件というのは当時の海軍高官への賄賂事件です。一般的にある戦艦にまつわる事件だと認識されていますが、この送信所の装置がダンプフに発注された経緯もこの事件に関係があるようです。ただ、この話は博学の友達から聞いたもので、どのようにダンプフ事件とかかわりがあるかを私は詳しくしりません。

 現在、この送信所の中心部分跡地には、焼き肉屋「クムガン」があります。この焼き肉屋は、かつて韓国に出張した経験がある井出さんとその家族が切り盛りするお店です。店の名前「クムガン」は、井出さんの親戚がかつて観光に訪れたという山にちなんでいます。井出さんには二人の息子がいますが、そのうちの一人がバンド「トロイメライ」のギタリストなんだそうです。

 

 鎌原大仏は樫葉線も合流するターミナル駅で、近隣には学校が多いです。名門鎌原女子学園は、数多くの著名人を輩出しています。しかし、2018年度より共学化されることが決定。名前も「鎌原学園」となる予定です。鎌原エリアは少子高齢化が特別進んでいるわけではありませんが、時代の流れなのでしょうか。

 鎌原大仏駅の由来は、駅の近くにある「鎌原大仏」です。石材店の片隅にポツンとあるその大仏は、石材店のおやっさんの趣味で置いてあるとよく言われています。ですが、石材店ができる遥か昔からある大仏なのです。

 その大きさは…… おそらく、日本で一番小さいのではないかと言われるほど小さいです。鎌原大仏あるあるとして、この近辺に引っ越してきた人がご近所へのあいさつよりも先にこの大仏の写真を撮るという話がある模様。

 駅の北側には車庫があり、主に樫葉線の電車が止まっています。たまに古林線の電車も止まっていますが、編成は樫葉線より長いのに端っこに追いやられていて肩身が狭そう。

 

 鎌原大仏を過ぎると再び住宅が広がる車窓となりますが、少し賑やかなのが十余一。難読駅名としても知られていますが、この駅からは若萩線(旧津喜ニュータウン線)が分岐しています。若萩線の電車は線内折り返しが多いですが、ラッシュ時に端っこの4番線ホームで折り返している光景を見ると、なんだかかわいそう。

 亀成、新大森は古林に近いことからマンションが多いです。そして100万人……いや、実際は97万人都市(2017年11月現在)の古林は、少し変わった構造です。

 古林駅の1番線から4番線は、ホームの辰巳ヶ崎側がカーブしています。これは得原鉄道と両得電鉄が合併するときに駅を移転したからです。また、放送はすべて駅員により行われているのも特徴です。特に2番線と3番線は東兵庫方面の列車も辰巳ヶ崎方面の列車も多く発着しますが、接近メロディーを変えて区別するなどは一切行われていません。

 なぜ古林駅は自動放送が(津古線ホームを除き)導入されていないかというと、かつて近隣住民からの苦情があって発車ベルを廃止したからです。発車メロディー否定派は「ほかの駅もそうするべき」と言っているそうですが、メロディーが無いといつ発車するかわからないという苦情が毎年のように来ます。

駅一覧


ダイヤ


永京東西電鉄直通電車は、赤増から永越鉄道に直通して倉郷まで各駅停車として運行します。

車両

2019年3月16日ダイヤ改正より、永京東西電鉄経由で永越鉄道の車両が乗り入れるようになった。

一方、それまで旧古林線区間に乗り入れていた永急電鉄や地下鉄広鐘線、民谷線、雪松急行電鉄の車両は乗り入れなくなった。


※当ページの内容はフィクションです。

当ページ最終更新日 2019年07月19日

当ページ公開開始日 2018年12月16日