浦椿線の歴史

旅客輸送を目的に開業

 浦椿線は「浦椿鉄道」として1927年に開業した。前年に開業した浦原電気軌道と違い、貨物輸送を一切行わずに旅客輸送のみを行うことを目的に建設された。

 浦原を起点に当時別荘地として知られていた市屋、そして椿菜を南北に結ぶ浦椿鉄道は、当初利用客数が少なかったものの、沿線の開発を少しずつ進めた結果、次第に乗客数が増えていった。

 1942年に両得鉄道(当時)に統合された後は、「都心に近いローカル線」として知られていたが、1950年代後半頃から急速に利用客が増加。1968年からは50系が導入され、車両の近代化が進んでいった。

 

永京外環電鉄との相互直通乗り入れ

 1975年に相互直通乗り入れを開始した。開業当初は4両編成で運行されていたが、浦椿線内での混雑がひどかったので翌年6両編成に変更された。現在も相互直通乗り入れは行われており、早朝深夜を除く時間で一体的な運行が行われている。

 

7両編成化

 201612月ダイヤ改正で、7両編成の運行が開始された。7両編成の運行が計画されたのは2005年。永京外環電鉄内での混雑が悪化していることから、7両編成化が実行されることとなった。

 2006年から新浦原~東大岩間のホームが7両編成に対応できるよう延伸され、2013年に工事が完成。あとは永京外環電鉄側の準備が完了するのを待つだけとなり、201612月についに7両編成が運行開始されたわけである。

 なお、7両編成化は2017年10月に完了。同時に浦椿線所属編成がすべて10系30番台(または増結中間車1030番台)に統一されている。


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当ページ最終更新日 2018年2月4日

当ページ公開日 2017年7月6日