両得電鉄の世界観

文章中の内容は、2017年12月時点の内容です。

両得電鉄が走る世界は、パラレルワールドの日本です。現実の日本と違う点はいくつかあり、特徴的なのは関東地方が「今関地方」になっており都県名が変わっていることです。東京都は永京都、千葉県は津喜県、茨城県は茨原県というようになっています。関東地方の地名を一部変更した理由は、現実の関東地方と完全に区別したかったからです。

また、現実の千葉県に相当する津喜県の南方にはいくつかの島々があり、それらは橋や海底トンネルで繋がっています。一番遠い島には大阪並みの大都市があり、津喜県との間には名古屋や福岡とほぼ同じ規模の都市が存在しているほか、それらの都市は高速線(高速鉄道路線・最高時速320km/h)により永京と接続されています。

さらに、現実の茨城県に相当する茨原県の東には「遠山原県」という県が隣接しています。遠山原県は両得電鉄に直接関係ありませんが、両得電鉄の車両が乗り入れる得原鉄道が遠山原県内にも路線があります。

人口は現実の日本より多く(2億人超)です。少子高齢化のペースも比較的緩やかで、一人当たりの国内総生産も現実の日本より高くなっています。

なお、政治情勢や国際関係などは現実の日本とほぼ変わりません。第二次世界大戦のような戦争もあり、戦争の期間も史実の日本と同様です。そのため「戦前」「戦後」という表記がありますが、これは現実の日本における「戦前」「戦後」と意味は同じです。

文化は日本とほとんど変わりません。ただし、津喜県南方の島には様々な郷土料理と方言が存在し、独自に発達した伝統芸能も存在します。これは遠山原県や樫織島にも存在し、特に樫織島は2007年まで英国領だったこともあり独特の文化が形成されています。

テレビは現実よりも多少データ放送のコンテンツが増やされていたり、インターネットとの融合が図られていたりしていますが、一方で若者向けの番組やコンテンツはインターネット配信し、代わりに高齢者向けの番組を増やしているテレビ局も存在します。

両得電鉄と関係が深いのは、ドラマやアニメです。ドラマに関しては両得電鉄系列のテレビ局「永京テレビ放送」が存在することから、よく沿線で撮影が行われています。またアニメは2000年代のある時期から両得本線沿線にアニメ制作会社が増え始めたことがきっかけで、こちらも沿線が舞台の作品が増えています。特に津喜市を舞台にしたものが多いようです。

バラエティー番組については、現実の日本よりも人口が多いわけなので地方で活躍するタレントが比較的多いです。また、郷土に対する意識が高く、地方で活躍するタレントの中にはその地方で絶大な人気を誇っている方もいらっしゃるようです。

両得電鉄は永京都、津喜県、茨原県の3都県にまたがる鉄道で、また路線数も多いことから沿線には様々な都市が存在します。

一番規模が大きいのは、永京都です。現実の東京都に相当する存在の永京都は首都であり、「永京都市圏(「首都圏」という表記は混乱を避けるためひかえています)」は現実世界の日本における首都圏よりも人口が多いです。これは千葉市に相当する津喜市の人口が、津喜県南方の島や遠山原県からの上京者による引っ越しにより非常に多くなっていることなどが理由です。また永京外環電鉄などの路線が存在し、東京都よりも「永京都」のほうが鉄道・人口ともに多いも理由となっています。

 

両得本線の起点、上谷駅は古くから栄えている街です。駅に近い上谷公園は「自然を残したい」という思いで作られた公園ですが、戦前には博物館、動物園など多くの文化的施設が整備されました。一時期はほかの街に勢いで負けていましたが、両得電鉄や2013年に延伸してきた永魚鉄道・元からターミナルを構えていた郷得電鉄により再開発され、「古くからの文化と若者文化が融合する街」として非常に人気が高い都市となっています。

一方、浦原線の日向道場は「幕末の偉人」が剣道の訓練をした「日向道場」に由来する駅名です。仁戸時代(現実の日本で言う江戸時代)から1935年頃にかけて存在した剣道の道場「日向道場」ですが、ここで訓練した者は「強い男の代名詞」とされ、女性にモテたそうです。上記の通り1935年頃火災で消滅してしまいましたが、かつての訓練生が同じ場所に「新日向道場」を開き、世界的な大会で優秀な成績を残した選手を輩出する有名な同情となっています。

そんな日向道場ですが、実質的なターミナル駅とは言えません。浦原線は古くから永京地下鉄広鐘線と一体的な運行をしており、多くの電車が永京まで直通します。その永京は「近代国家に相応しい新しいステイション」として計画された駅で、空想世界の日本を代表する駅となっています。複数の高速線と多数の鉄道が乗り入れており、キャパシティーは限界を突破。すこしでも効率的な運行を実現するため、折り返し時間や車内清掃時間をできる限り短縮し、上谷まで新線を建設して南西の方に向かう列車が折り返さずに北へ向かえるようにしたりしています。地下鉄広鐘線のホームは2面3線。真ん中の線路は津喜方面からの折り返し専用で、降車ホームと乗車ホームが分かれているのが特徴です。

永京周辺は世界有数のビジネス街としても知られており、周辺を見渡すと高層ビルばかりです。「風に弱い」との声がある浦原線も、世界有数のビジネス街永京に乗り入れているため人気の路線となりえています。

永京都内の駅で忘れてはならないのは、両得本線の深芝駅です。深芝は深芝寺の参拝客で古くから賑わっており、1950年代までは文化の中心地としての機能もありました。今では「懐かしの雰囲気が残る町」という印象が強くなったものの、観光地としての人気は非常に高く多くの外国人を見かける街でもあります。

 

続いて津喜県内。両得電鉄の路線は仁戸崎線を除いてすべて津喜県内を走るため、両得電鉄=津喜の鉄道というイメージが強くなっています。

津喜県の県都でもある津喜市は、人口が多いことに加え古くから独自の都市圏を形成していることもあり、永京都市圏の一部ではありますが独自色が強いのが特徴です。古くからあった街というわけではなく、1880年代ごろから急速に栄え始めた街なので、比較的歴史が浅くそのせいか若者文化の発信地として長い間流行の最先端を行く都市として知られていました。現在も津喜発祥の若者文化は多く、勢いで上谷に負けているような気もしなくないですが非常に人気の都市です。富街国際空港と永京都の間にあり、さらに南方の島々へのアクセスも良いことから多くの大企業が津喜市に本社を構えているので、結構市職員の年収は良いらしいそうですよ。

津喜市は長い間憧れの街として津喜県を名実ともに代表する都市として栄えてきましたが、当然ライバル意識を燃やしている都市もあります。それが津古線で津喜とつながっている津喜県南部の都市「古林市」です。古林市は古くは水運で栄えた町でしたが、鉄道の開通により一時は衰退しました。

しかし戦後人口が増えるととあるデベロッパによって開発され商業施設が数多く建設されました。開発したデベロッパは宣伝が上手くて、地盤が決して良いとは言えない古林ですが川があることを活かし「リバーサイド」というフレーズを巧みに使いました。その結果永京都市圏有数のお洒落タウンとして一時期知られるようになり、その頃から津喜への対抗意識を燃やし始めたのです。津喜県内のライバルネタとしてよく津喜市VS古林市というネタを見かけますが、人口や認知度、その他電車の本数など様々な面で津喜市が上回っているため、古林市民は反論されると手も足も出ない状態になるそうです。

津喜県内で忘れてはならないのは、富街国際空港の存在でしょう。開港以来両得電鉄に大きな影響を与えてきた空港で、数々のドラマが生み出されてきた空港でもあります。両得電鉄ではこの空港にアクセスする列車として「翔(空港特急に相当する種別)」や「急行」などを運行しています。

両得本線の終点、奈原は古都として知られていますが、都だった時期が短く仁戸時代に街自体が衰退していたこともありあまり古都の雰囲気が残っていません。一方、かつて交通が不便だったこともあり独特の文化を残しており、小規模な観光地としてにぎわっています。現在は富街国際空港の開港による影響で人口が増えており、日中でも頻繁に列車が運行されています。

北萩線の終点北萩はかつて存在した「北萩県」の県都だった都市で、永津工業地帯の整備で爆発的に人口が増加した年です。さらに津喜県南方の島々からの移住者や永京湾連絡道路・鉄道開通により人口は増え続けています。

 

茨原県に目を向けると、蓮見ヶ浦の脇にある都市「仁戸崎」や古林線の終点「辰巳ヶ崎」などの都市が点在しています。仁戸崎はかつて城があり、城下町として栄えていましたが現在は茨原県南部の中核的都市として機能しています。一方辰巳ヶ崎はベッドタウンとして知られており、永京都市圏、古林商業圏、津喜都市圏へ通勤・通学する人が多く住んでいます。


※当ページの内容はフィクションです。

当ページ最終更新日 2019年02月28日

当ページ公開開始日 2019年01月12日