変わった電車

ライブハウス・トレイン

1928年、京得電気軌道が深芝まで延伸した際に「名物電車を走らせよう」という事で、永京や津喜のジャズバンドの協力を得て「ライブハウス・トレイン」が運行を開始しました。

「ライブハウス・トレイン」では京得電気軌道沿線のジャズバンドの生演奏が楽しめました。しかし、トラブルが多かったようで、電車が揺れるためドラマーがドラムを叩くつもりがないのに叩いてしまったり、大きなピアノのせいで客室から乗務員室へ行くのに一苦労したり、さらに観客が社内に入りきれなかったりなどのトラブルがあり1930年運行を終了しました。

車両は普通の車両を改造して車内にピアノを設置したライブハウス・トレイン専用車両が使われていたと言われています。

紙芝居電車

1933年から運行を開始しました。中には紙芝居をするための道具があり、各地を回って子供たちに紙芝居を見せていました。またテーブルを設置し紙芝居のストーリーを決めたり、絵を描いたりもしていました。時には沿線にある学校の生徒が紙芝居制作にかかわることもあったそうです。しかし1938年に廃止されてしまいます。

ですが、戦後両得鉄軌道に名を改めた京得電気軌道では線路や車両の復旧がある程度進んだ1952年に紙芝居電車を復活させます。車両は戦前に紙芝居電車として使われていた車両を使用し、戦前同様各地を回って子供たちに紙芝居を見せていました。ですが車両の老朽化を理由に1962年に廃止されます。復活を求める声もありましたが、当時は輸送力増強に力を入れなければならず、紙芝居電車を走らせるだけの余裕がなかったようです。

テレビ付き電車

1953年に永京首都圏で民放テレビ放送が開始され、それを記念しテレビ局の協力を得て当時の看板特急車両にテレビが設置されました。当時のテレビは24時間放送ではなかったそうで、列車の運行時間と放送時間が合わなかったり、ちょうど面白いタイミングで電波が悪くなったりということが良くあったようです。

この試みは期間限定の試験的な試みでしたが、好評のため1958年まで搭載されることになりました。その後登場した60系にも一部車両にテレビが試験的に取り付けられましたが、当時の両得電鉄はテレビ付き電車を整備するだけの余裕がなく、早々に撤去されました。

以降、テレビ付き電車は運行されていませんが、現在10系などのLCD搭載車両でニュースを流しており、テレビ付き電車のDNAが受け継がれているという見方もできます。


※当ページの内容はフィクションです。

当ページ最終更新日 2019年01月12日

当ページ公開開始日 2019年01月12日