古林線

倉橋先生が教える

古林線って、どんな路線

 古林線は永京都と茨原県、遠山原県方面を結ぶ大動脈です。特に東兵庫から古林までの区間は複々線区間であり、遠山原方面へ向かう電車が快走しています。私鉄である両得電鉄が長い複々線区間を整備できたのは、遠山原方面への交通の便を改善するため、国や県から補助金が出たからです(両得本線の複々線はほとんど自己負担で整備されたのと対照的)。

 お洒落な路線として知られている古林線。両得電鉄の前身となる京得電気軌道は、沿線の地盤が良いことに着目。この地盤の良さをアピールしながら住宅を建てていったのです。また、鎌原大仏など各所に誘致された高校や大学は、古林線にフレッシュな風を届けています。古林線沿線育ちの著名人も多く、両得電鉄でも最も文化の香りがする路線と言えるかもしれません。

 東兵庫を出発した電車は、両得本線と別れを告げて古林を目指します。新山神から馬込までは閑静な住宅地が車窓に広がります。行田はかつて「ダンプフ事件」の舞台となった場所です。

 行田にあった海軍無線電信所船瀬送信所は、攻撃部隊に「ロッコウノボレ0334」の電文を送信したことで知られています。この送信所の装置は、ドイツのマリーエン・ケーファーの装置が採用されました。発注はダンプフ・ウント・トロイメライ社に行われ、戦争によりトラブルがあったものの1915年に試験に成功。8月から通信が開始されています。

 ダンプフ事件というのは当時の海軍高官への賄賂事件です。一般的にある戦艦にまつわる事件だと認識されていますが、この送信所の装置がダンプフに発注された経緯もこの事件に関係があるようです。ただ、この話は博学の友達から聞いたもので、どのようにダンプフ事件とかかわりがあるかを私は詳しくしりません。

 現在、この送信所の中心部分跡地には、焼き肉屋「クムガン」があります。この焼き肉屋は、かつて韓国に出張した経験がある井出さんとその家族が切り盛りするお店です。店の名前「クムガン」は、井出さんの親戚がかつて観光に訪れたという山にちなんでいます。井出さんには二人の息子がいますが、そのうちの一人がバンド「トロイメライ」のギタリストなんだそうです。

 

 鎌原大仏は樫葉線も合流するターミナル駅で、近隣には学校が多いです。名門鎌原女子学園は、数多くの著名人を輩出しています。しかし、2018年度より共学化されることが決定。名前も「鎌原学園」となる予定です。鎌原エリアは少子高齢化が特別進んでいるわけではありませんが、時代の流れなのでしょうか。

 鎌原大仏駅の由来は、駅の近くにある「鎌原大仏」です。石材店の片隅にポツンとあるその大仏は、石材店のおやっさんの趣味で置いてあるとよく言われています。ですが、石材店ができる遥か昔からある大仏なのです。

 その大きさは…… おそらく、日本で一番小さいのではないかと言われるほど小さいです。鎌原大仏あるあるとして、この近辺に引っ越してきた人がご近所へのあいさつよりも先にこの大仏の写真を撮るという話がある模様。

 駅の北側には車庫があり、主に樫葉線の電車が止まっています。たまに古林線の電車も止まっていますが、編成は樫葉線より長いのに端っこに追いやられていて肩身が狭そう。

 

 鎌原大仏を過ぎると再び住宅が広がる車窓となりますが、少し賑やかなのが十余一。難読駅名としても知られていますが、この駅からは津喜ニュータウン線が分岐しています。津喜ニュータウン線の電車は線内折り返しが多いですが、ラッシュ時に端っこの4番線ホームで折り返している光景を見ると、なんだかかわいそう。

 亀成、新大森は古林に近いことからマンションが多いです。そして100万人……いや、実際は97万人都市(2017年11月現在)の古林は、少し変わった構造です。

 古林駅の1番線から4番線は、ホームの辰巳ヶ崎側がカーブしています。これは得原鉄道と両得電鉄が合併するときに駅を移転したからです。また、放送はすべて駅員により行われているのも特徴です。特に2番線と3番線は東兵庫方面の列車も辰巳ヶ崎方面の列車も多く発着しますが、接近メロディーを変えて区別するなどは一切行われていません。

 なぜ古林駅は自動放送が(津古線ホームを除き)導入されていないかというと、かつて近隣住民からの苦情があって発車ベルを廃止したからです。発車メロディー否定派は「ほかの駅もそうするべき」と言っているそうですが、メロディーが無いといつ発車するかわからないという苦情が毎年のように来ます。

 

 古林駅を出発した電車は、大きくカーブして川を渡ると茨原県に入ります。古林と川を挟んだだけなのに、急に車窓が田畑ばかりになるのは少し不思議な光景です。ですが、羽中駅周辺は住宅が多く、高校もあることから賑わっています。

 終点の辰巳ヶ崎は、辰巳ヶ崎市の中心部にある駅です。仁戸崎線とはここで合流。一部電車はこの仁戸崎線へと乗り入れていきます。戸建てが多いですが、近年は少しづつマンションが建つようになりました。


活躍した車両


※当ページの内容はフィクションです。

当ページ最終更新日 2018年06月17日