70系50番台

架空鉄道 両得電鉄70系

このページのデータは、2018年2月28日時点のものです。

 50番台は0番台に対して、ドアだけでなく車体までステンレスとなり、水色の車体から一転、銀色の車体となった。アメリカで活躍する地下鉄電車などを知る鉄道好きは「アメリカン・スタイル」と呼び、それを知らない人々は「銀電」と呼んだ。

 ステンレス車体のメリットは、ステンレスそのものが錆びにくいため、塗装しなくてもよいということである。電車の塗装は直接車体に色を塗るわけではない。必ずさび止めを塗って塗装しなければならなかった。ステンレス車体の価格は従来の鋼鉄製車体に比べ高いが、長期的に考えると塗料代や人件費を削減でき、元が取れると判断された。以降、30系(0・10番台を除く)に至るまで通勤型電車はステンレス製だ。

 

 1986年には側面の凸凹ラインが減り、すっきりとした印象となった車両が登場した。その一方で、機器類自体は0番台と変わらず、メンテナンスのしやすさやパーツの融通が利くように配慮されている。

電力消費量低下。メンテナンス効率悪化。

 70系が登場して間もない頃、車両基地の中である言葉が流行った。

 「電力消費量低下。メンテナンス効率悪化」

 この言葉は、70系の電動機に対する不満を象徴する言葉だ。70系の制御方式は界磁チョッパ制御。省エネ高価が高いことで知られていた「電気子チョッパ制御」の装置に比べて安く、コストパフォーマンスが良いことから多くの鉄道で採用された制御方式である。

 しかし、この界磁チョッパ制御には、ある難点があった。メンテナンスに手間がかかるのだ。これはどういうことかというと、界磁チョッパ制御とセットで採用された電動機である複巻整流子電動機は、構造が複雑でメンテナンスに手間がかかるうえ、重量も増加しているのである。

 長い間車両基地内では、構造が複雑な70系の電動機に愚痴を言いつつ、丁寧に整備する整備士がてきぱきと動く光景が見られた。一方、積年の恨みにより、50番台は2004年から制御方式をVVVFインバータ制御に変更した(一部車両除く)。月日が流れようが、複巻整流子電動機のメンテナンスが面倒くさいことに変わりはないのである。

 

電力消費量低下。運輸指令スタミナ消費量上昇。

 70系は電気指令ブレーキという、両得電鉄の通勤電車として初めて採用するブレーキシステムを採用した。一方、ブレーキシステムを変更したということは、20系や50系などの従来から在籍している通勤電車と連結できないということでもある。そのため、70系がデビューしてから6年間は、70系専用の運用が存在していた。

 これに悩まされたのが運輸指令である。普段は特に問題ないが、ダイヤが乱れた時に同じ駅の20系と連結できず、柔軟なダイヤ回復作戦の妨げになっていた。裏話として、20系と50系も性能が違うので連結できず、運輸指令だけでなく運転士も「通勤電車何種類も増やさないでよ」とぼやいていたそうである。

 

働き者パワー君。

 「パワー君」といっても、キャラクターの事ではない。通勤電車の事である。1997年から1999年にかけて、70系50番台の一部編成を対象に組み換えを行った。その際、先頭車両が6両あまり、それらの車両を活用するため登場したのが「パワー君」こと、70系900番台なのだ。

 パワー君は制御方式を80系と同じ装置によるVVVFインバータ制御とした。また、6両編成すべてが電動車となり、当時両得電鉄に在籍していた機関車に匹敵するパワーを誇る電車に改造されたのである。当時の工場長曰く、改造時、車体に補強を入れたりするのが面倒だったという。

 パワー君が登場した目的は、当時車両けん引に活躍していた機関車の置き換えだ。機関車の運転は通勤電車に比べて高い技術が必要となる。また、運転できる人だけでなく、メンテナンスができる人も限られていた。年々その人数は減っていき、このまま維持するのは限界があるという事で、通勤電車への置き換えとなったのだ。

 パワー君はその目的通り、新型車両や故障車両などの牽引に大活躍したほか、通勤電車としても大活躍する万能選手となった。しかし、2010年頃から新型車両の牽引機会が激減し、かといって車両故障も頻繁にあるわけではないので、機関車役を務めることはほぼなくなった。2013年までは北萩線をメインに活躍したが、6両編成の運用見直しにより浦椿線に転属。2017年には4両に短縮され再び北萩線へ戻っている。

 

 

更新工事

 上記の通り、50番台(一部車両を除く)は2003年からVVVFインバータ制御化工事が行われた。この更新工事は走行機器の更新がメインとなっているが、大型袖仕切り設置やLED案内表示機の設置も行われている。2004年以降に更新された車両はLCDを搭載。デジタルサイネージ画面も設置されているため、動画広告を流すことが可能となった。

 更新工事は2003年から2006年まで行われた後、簡略化した更新工事が2007年から2011年まで行われた。当初の計画では50番台の全車両を更新する予定だったが、80系の更新計画見直しにより一部車両のみの更新となった。簡略化した更新工事では、大型袖仕切りの代わりに半透明の簡易袖仕切りが設置され、LCDの搭載は見送られた。

(得原支社所属編成は全編成VVVF化。衣昇線系統の一部編成は界磁チョッパのまま)

 更新工事で搭載されたLCDは情報伝送がアナログ方式であり、広告の更新時にコンピュータを接続しなければならない。その手間を嫌って後にコンピュータを接続しなくても更新ができるように改良した。

 ちなみに、2006年までの更新車は内装を白基調の10系に近い仕様に変更したが、簡略化更新工事車は従来通りの濃いクリーム色となっていて更新された車両という感じはほぼない。

 2010年以降は編成組み換えが行われている。この際余剰となった車両は、一部車両を先頭車に改造した「100番台」としていわき線を中心に活躍中だ。100番台はVVVFインバータ化や内装の更新などが行われた車両である。2016年からは座席仕切り部に半透明の防風板が設置されている。

現在

両得本線や古林線への10系、80系導入により、現在は得原支社内が主な運行区間となっている。編成を6両や4両に分割できることから、途中で増結をする運用でも活躍している。

0番台は大きく数を減らしており、2019年内には引退しそうだ。現在0番台は仙豊支社と得原支社管内で活躍している。

50番台も一部編成が津久茂電鉄や横瀬鉄道に譲渡されている。


※当ページの内容はフィクションです。

当ページ最終更新日 2019年06月15日