80系

最新技術で21世紀に備える

 1980年代、両得電鉄では新しい制御装置「VVVFインバータ」のテストを20系で行っていた。このテストの結果、新型通勤車両に採用可能であると判断され、80系はVVVFインバータ制御を採用して登場することとなる。

 80系が登場したのは1988年。すでにほかの路線ではVVVFインバータ制御が実用化されていたとはいえ、両得電鉄では実績がなく、誘導障害などの試験を数カ月間行った後運行を開始した。

 「VVVFインバータ制御」は、従来の電車と比較して少ない電力で電車を走らせられるうえ、回転数の制御を事実上無段階にすることができるため、乗り心地の向上もできる。また、細かいトルク制御により粘着力向上ができ、電動車比率を下げることもできる。

 80系は、上記の特性を深く理解したうえで開発されている。そのため、当初は電動車比率を1:1とする予定だった。しかし20系・50系双方のダイヤで使用できる性能にするため、10両編成時での電動車比率は変えないことが決まり、結局「電動車比率の削減」は達成できなかった。

 とはいえ、性能を向上させ20系のダイヤでも50系のダイヤでも満足に運行できるよう性能をセッティングしたことは、後の通勤車両設計方針に大きな影響を与えることとなる。

 乗客に関係する設備では、ドアの上にLED式の情報案内装置を千鳥配置で配置(1994年導入車以降全旅客ドア上に配置)した。また、座席幅を拡大し居住性を改善している。また、上谷基準で津喜側の先頭車両はセミクロスシートに対応した窓配置となっており、窓枠の位置が異なっている(50番台も同様。一部編成は実際にセミクロスシートが採用された)。

 なお、車体は7050番台の一部と同様、軽量ステンレス車体であるが、設計は大幅に見直され強度が増している。

 

両得本線のスピードアップを目的に

 80系は1988年から1994年にかけて、三城車両基地(当時)に集中導入された。目的は両得本線・浦原線のスピードアップである。ベイコネクトの浜茄子町延伸により、津喜~永京間の一部乗客がベイコネクト利用に切り替えた。そのため、結果として両得本線・浦原線の混雑は多少緩和されたが、運賃収入の都合から両得本線・浦原線経由で都心へ向かうルートの優位性を高めたかった。

 そこで行われたのが「スピードアップ」である。設備改良により一部区間の最高速度を120km/hに引き上げ、場所によってはベイコネクトと比較しても遜色のない所要時間になるようにした。そのため80系の最高速度は120km/hである。加速度3.3km/h/s、最高速度120km/hという性能は、乗り入れ先の乗務員から「バケモノ」と呼ばれるぐらい高性能で、ダイヤが乱れた際に「ダイヤの回復がしやすい」というのは乗り入れ先の乗務員の話。

 80系が三城車両基地に集中導入された理由はそれだけではない。LED式の情報案内装置(英語対応)を搭載しているため、インバウンド対応が特に求められる空港直通列車を80系で統一して「わかりやすい電車」にするという目的も理由の一つだ。

他路線への展開

1988年度から1994年度の間に両得本線へ集中投入された80系0番台。1994年には両得本線永京・上谷~津喜方面間のほぼすべての電車が80系0番台に統一され、翌年の1995年3月には永京・上谷~津喜方面間の大幅なスピードアップが行われた。

当初目標の「両得本線スピードアップ」を達成した1995年度からは、次の目標である「古林線スピードアップ計画」を実行するため、古林線に集中投入されることとなった。

古林線は上谷~遠山原間の特急がスムーズに走れるよう、以前から複々線化されていた。1993年には「遠山原新線」へと特急が移行。東兵庫~古林間では特急がほぼ走らなくなったことから、大幅な増発が行われた。しかし、車両は両得本線から転用された70系などが用意されることとなり、大幅なスピードアップは行われていない。

古林線には1995年度と1996年度に0番台、1997年度~2002年度に50番台の導入が行われた。また、2002年に0番台10両編成3本が両得本線から転用されている。

こうして、2003年3月のダイヤ改正で古林線東兵庫~古林間の全列車が80系に統一された。両得本線と同様に大幅なスピードアップが行われ、複々線による列車容量の余裕も生かし時速120km/h運転を行っている。

 津喜みなと鉄道にも「80系500番台」として導入された(現在は両得電鉄に移籍済み)。

80系0番台の内装

転用と更新工事

2003年に登場した10系は、両得本線と古林線に集中導入された。しかし、この2路線にはすでに80系が導入されており、10系が増えていくたびに80系が余っていった。

そこで、余剰となった80系の転用を計画。10両編成を8、6、4、2両編成へと改造。両得電鉄各線に残っていた20系や50番台を置き換えることにした。なお、編成の短縮時に一部中間車が先頭車化改造されている。デザインは従来の先頭車と変わらない。

転用工事は2002年から開始されている。2002年度に改造されたのは10両編成3本。50番台の古林線導入により余剰となったこの3本の転用工事では、10両編成を8両編成に改造し、得原線へ転用した。なお、余剰となった中間車2両×3=6両は緊急予備車両として改造されないまま放置されている。

その後2003年~2009年の間に得原、北萩、津古線などへの転用改造が行われた。2006年以降に転用改造が行われた車両は、転用と同時にVVVFインバータを更新している。

VVVFインバータの更新工事に関しては、転用改造を行っていない車両にも行われている。0番台は2006年から2012年にかけて行われ、50番台は2012年から2020年頃まで行われる予定。

VVVFインバータの更新工事と同時に、0番台はドアの袖仕切りを設置する工事を行った。10系タイプの袖仕切りではなく、半透明の袖仕切りが設置された。なお、50番台はもともと袖仕切りがあることから、内装更新を行っていない

80200番台の編入

 201612月には、津喜電鉄が両得電鉄に吸収されたが、この際津喜電鉄の車両も両得電鉄の所有となった。津喜電鉄の車両のうち、3000系が「80200番台」として80系に編入され、新たな仲間として加わった。

 「80200番台」は引き続き津電線を運行することとなり、津電車両センターに所属している。ただし、仕様がほかの80系と異なることから、編成組み換えは20175月現在行われていない。

 80200番台は「3000系」として1986年に導入された。800番台よりも前に登場したことになる。導入目的は増発にともなう車両不足解消であり、旧津喜電鉄2000系と同様20m片側4ドアの車体を採用した。1993年にも1編成が導入されている。

 制御装置はGTO素子VVVFインバータ制御。当時実用化段階になったばかりで、高価だったVVVFインバータ制御を採用できたのは、電機メーカーのテスト路線に津喜電鉄が選ばれていたからである。

 車体はドア配置こそ両得電鉄の通勤車両と同じであるが、材質がアルミであり他の80系と異なる。また、紺色の塗装が施されており、旧津喜電鉄のアイデンティティーの一つとなっている。

 未更新車の性能は加速度3.0km/h/s、設計最高速度は110km/hだが通常は90km/hが最高速度となる。ギア比が高めに設定されているため、速度が上がるとモーターの音がうるさくなるのが悩みの種だ。なお、更新車の性能は他の80系と同じである。

 2016年度からはVVVFインバータ制御装置の部品確保が難しくなったため、制御装置をSiCハイブリッドモジュール適用のVVVFインバータへ更新している。また、内装も更新されデザイン変更と小型LCDの設置が行われた。すでに2編成更新されたが、両得電鉄80200番台となった2017年度は、更新工事が行われないことが決まっている。

得原支社の80系

 2017年11月現在、得原支社に在籍する80系は0番台と50番台の二種類となっている。80系は1993年から1996年の間にラッシュ時の混雑緩和を目的に導入された。一方、50番台は1999年から2001年の間に車両の近代化を目的に導入された。最近は浦椿線からの転属車が加わり、車両数は1999年当時より増加している。

 得原支社所属の10系と同様、一部車両のトイレと両端先頭車のセミクロスシートが装備されている。ただし、浦椿線から転属した編成はトイレ無し、オールロングシートである。

 2018年には浦椿線50番台を改造した「R&B」がデビューした。この車両はトイレ設置改造のほか、自転車を搭載できるようにしたり、車両中間のドアを二カ所廃止した。「R&B」は「Ryotoku&Bicycle」の略であり、自転車を乗せて旅行できるように設計された。自転車を乗せない運用も想定しており、ドア廃止部には座席が設置されていて外を眺めることができる。

2020年以降

 2020年からは津喜線と遠山原線に30系が導入される。このため、すでに遠山原線を走っている80系0番台編成に関しては、ほかの路線への転用や他の鉄道への譲渡が考えられているようだ。2006年から2012年にかけて更新工事を行ったとはいえ、その車齢は30年を超えているものもある。

 デジタルサイネージを大きく増やし、高性能な車両情報管理システムを搭載した後継車両が増えていく中、「老兵」となりつつある80系の今後が注目される。


※このページの内容はフィクションです。

当ページ最終更新日 2019年07月11