80系100番台

※2019年9月2日に「80系50番台」の名称を設定変更しました。

設計の見直し

 1997年に登場した「100番台」は、それまでの車両設計方法を一から見直し登場した。1960年代に導入された車両の置き換え時期が迫る中、「できるだけ安く、できるだけメンテナンスしやすい」電車の必要性が求められるようになる。

800番台は登場当初に比べVVVFインバータ制御装置の価格が下がり、費用的、メンテナンス的負担が減っていたので、「できるだけ安く、できるだけメンテナンスしやすい」電車に求められる基準を満たしていた。しかし、より安く電車を導入できる手法がNTR今北と複数の車両メーカーにより開発されていたのも事実だった。

そこで、NTR今北の最新型車両をベースにして車両を設計する方法が採用されることが決まった。当時としては「かなり」衝撃的な出来事であったが、これにはきちんとした理由と背景が存在する。

きちんとした理由と背景…… それは「車両不足」と「効率化」である。ベイコネクトが浜茄子町に延伸した後、ベイコネクトの利用者数は右肩上がりで増えていき、それにともない増発も行われていた。また、老朽化した車両の置き換えも行っていたため、必然的に車両不足となったわけである。

一方「効率化」は、性能が異なる車両を置き換え、すべて加速度・最高速度ともに高いに統一することが望ましいと判断された。この際、加速度・最高速度ともに高い車両への置き換えペースを早めるには、車両設計方法を変える必要があると判断されたわけである。

当然、「変える必要がない」という反対意見もあった。しかし、当時車両製造体制を見直していた津喜製作所の都合もあったことから、結局側面のビートを廃止した車体を採用した8050番台が登場することとなったわけである。

8050番台では設計変更のみならず、5ドア&6ドア車が開発されている。5ドアは1997年、6ドアは1998年にデビュー。5ドア車は2両のみの存在で、ドア位置が4ドアや6ドアと異なることから2002年以降衣昇線で活躍を続けた。2008年になると休車扱いとなり、2009年に廃車・解体されている。6ドア車は1998年以降2002年まで導入されたが、ホームドアに対応していないことから2020年までに引退する予定だ。

6ドア車の廃車は、編成の短縮により行われている。ただし、あまり進捗していない。

1999年には津喜急行電鉄(当時)に増発目的で姉妹車の「T20系」が導入されている。T20系の設計は100番台10両編成1998年以降導入車と同じであり、2016年の両得電鉄統合では100番台に編入された。ちなみに、1999年度以降に導入された編成は、制御装置をIGBT素子VVVFインバーターに変更している。

なお、80系100番台の車体構造は60系100番台にも流用されている。そのため、60系100番台(一部編成除く)の見た目は80系100番台そっくりだ。


※当ページの内容はフィクションです。

当ページ最終更新日 2019年09月02日

当ページ公開開始日 2019年05月02日