津喜電鉄2000系


先頭車側面形態

 1965年、年々悪化していったラッシュ時の混雑を緩和するために登場した。特徴はNNR(現NTR)線に直通するために車体の長さを20m、幅を2.8mに広げたことだ。また、側面のドア数は片側4個所とし、両開きドアを採用した。

 車体の長さと幅を拡大したので、この電車を導入する際の改修工事を行う必要があった。1963年に2000系が計画され、すぐに工事に着工。1965年3月に完成した。この時の様子を覚えている方は……

 

回想1

 ある日、突然電車とホームの間の隙間が広がったんです。「こりゃ危ないぞ」と思って駅員さんに行ったら、「新型車両を走らせるためにホームを削ったのです」という回答が返ってきました。

 「なぜ新型車両を走らせるためにホームを削ったのですか??」と質問したら、「新型車両は大型の車両なので、ホームを削らないとホームにぶつかってしまうのです」とのこと。

 とはいえ、今まで走っていた車両とホームの隙間は広がっているので、隙間対策はしないのか??と質問したら「じきに旧型車両のドア下に隙間を埋める板を付けます。それまでは申し訳ありませんが隙間に気を付けてください」とのことだった。

 後に聞いた話だが、旧型車両に板が取り付けられるまでの間、転落は1件しかなかったそうだ。広い隙間に対して「気を付けなければ」という注意意識が強く働いたのだろうか。

 

 1965年に2編成が登場。制御装置は抵抗制御で、1000系に準じた設計となっている。登場当初は2両編成で登場したが、ラッシュ時に増結するための1両編成が1967年に登場した。

 1975年までの10年間導入が続いた1000系だが、1979年に津喜急行電鉄が開通すると利用客数が減少した。この頃になると日中も4両編成で運転される列車が増えていたので増結用の1両編成は余剰となり、津久茂電鉄に譲渡された。

 ちなみに、1974年から1979年までの間、津喜~鹿沢間では5両編成が運行されており、現在もホームの長さが5両編成まで対応していることが名残となっている。

 5000系(現在の両得10系500番台)の導入により、2015年までに全車両が引退した。


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当ページ最終更新日 2017年8月14日