50系

「妥協」を本気で考えた電車

 20系は全電動車(ただし1C6M制御)であり、モーターを各車両に搭載している分導入コストが高かった。1965年に登場した50系では、モーター数を削減するためにモーターを中間車両のみに搭載することを基本としている。20系が1C6M制御であるのに対し、50系は1C8M制御なので4両編成中のモーター数は20系の6つに対し4つに削減された。

 一方、車体は20系のままとされている。これは20系の車体構造が混雑緩和に対して効果があると判断されたからである。単純に設計コストを削減したいという事情もあった。

 性能は加速度が2.5km/h/s、最高速度は100km/h/sである。モーターの数が少なく、加速度が20系に対して劣るため地下鉄直通には対応していない。両得電鉄の本音としては、できるだけ地下鉄直通対応車両を増やしたかったようだが、予算がそれを許さなかった。

 50系の性能は「地下鉄に乗り入れない列車なら満足できる」セッティングとして「妥協」されたものである。「妥協」という言葉を嫌うある友人は、「最適化された」という言い方の方が適切なのではないかと言っていた。

 確かに、50系を「最適化された通勤電車」と表現するのは適切だろう。古林線や津古線、北萩線などでは十分使える性能だったし、コストを下げた分導入ペースを早くすることができた。間違いなく、両得電鉄の近代化に貢献した車両と言えるだろう。

更新工事

1990年から開始された更新工事では、車体の一部修繕やつり革の増設が行われた。一部車両は80系と同じスカートが取り付けられたが、全編成には取り付けられなかった。

引退

・両得本線からは1990年代前半に引退。

・古林線からは2002年に引退。

・得原線からは2010年に引退。

・最後の活躍先は得原支社内のローカル線で、2015年に完全撤退。2017年10月まで臨時電車用として残され、現在は三城総合車両センターに留置されている。


※当ページの内容はフィクションです。

当ページ最終更新日 2018年11月18日