雪松急行502系

地下鉄広鐘線と所山線の相互直通運転が1972年までに行われることになった。しかし、すでに登場していた高性能電車501系は地下鉄直通基準を満たす加速度を有していない。そこで、電動車を増やして加速度を高めた502系が登場することになった。

デブ電車

 502系は当初すべての車両が電動車として製造されていた。見た目は502系と同じであるが、モーターがすべての車両についていることから、総重量が重くなっていた。また、消費電力量も増加。「重くて大(電気)食い)」ということで、「デブ電車」と一部のファンに呼ばれていたようだ。

 雪松急行電鉄内部でも問題になっていた「デブ電車」だが、特に問題視していたのは乗り入れ先の永京高速度交通(現在の永京地下鉄)だった。永京高速度交通は車両の軽量化と消費電力量の削減に取り組んでいたが、502系は当時の最新車両に比べて電力の消費量が「かなり多い」ということで、早急にこの問題を解決するよう要請した。

 この問題を解決するために1971年、当時最新鋭の電機子チョッパ制御を採用した503系がデビューした。しかし、電機子チョッパ制御装置は価格が高く、雪松急行電鉄では量産不可能と判断。妥協策として先頭車両を付随車両とした改良型を1974年にデビューさせた。

 改良型も「重くて大(電気)食い」であることに変わりはなく、1978年まで導入された後は界磁チョッパ制御を採用した506系の導入に移行。地下区間での放熱問題もあったことから、1997年までに地下鉄直通運用から撤退した。


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当ページ最終更新日 2018年05月14日

当ページ公開開始日 2018年02月10日