津喜市

津喜(つき)市

 

 津喜県の県庁所在地で政令指定都市。人口は400万人以上だ。永京都心と富街国際空港の中間に位置することから、近年は一部の省庁や企業が移転してきている。

 

 全国的に人口減少が進む中、津喜市は上記の省庁、企業の移転やマンションなどの建設ラッシュにより人口増加率が高い。2017年度は全国1位の増加率となったが、鳥豊、富原地方からの転入率が高くなっている。

 

 津喜市の始まりは、津喜氏が城を作ったことに始まる。津喜城ができた当初は天守閣がなかったが、仁戸時代に徳川家によって天守閣が建てられた。小田原城に少し似た雰囲気の白い天守閣である。津喜城は第二次世界大戦の被害を少し受けたが、天守閣は幸いにも燃えることなく残った。

 

 大きく発展することになったのは明治時代のことである。軍郷に指定され、陸軍の拠点都市として整備されることになったのだ。特に津喜県内の鉄道とかかわりの深い「鉄道連隊」は、鉄道敷設演習のみならず普通鉄道の建設も行った。資材費のみを負担すれば演習の一環として鉄道を敷設してくれる鉄道連隊は、津喜県の鉄道網発展に大きく貢献した。

 

 一方で、陸軍の拠点都市だったことが、後に悲劇を生むことになる。それは1943年の「七夕空襲」だ。津喜市内の主要な軍事施設のほか、住宅地も空襲の被害を受けた。両得電鉄も津喜市内の車庫が大きな被害を受けている。

 

 戦後は「平和宣言都市」として軍郷からの脱却を図った。永京都の衛星都市として第二の道を歩もうとしていた津喜市だったが、1950年代から海岸沿いが埋め立てられ、工業地帯として発展するようになっている。

 

 1960年代は沿岸部の多くが工場で埋め尽くされ、埋め立てが次々に進んでいった。両得電鉄ベイコネクト線の原案が計画されたのもこの時期で、建設予定地には駐車場などが整備されている。NTRの永津線も貨物線として整備が進められていたが、当時は多くの区間が地上に設けられていた。一方、工場の煙によりにより空は霞み、光化学スモッグ警報が頻繁に発令されていた。

 

 1970年代になると「沿岸部再開発計画」が計画された。工業により市の財政が潤っていたとはいえ、住環境が悪化していることなどを踏まえると、工業都市から商業都市に転換することが望ましいとされた。また、津喜港付近は船が頻繁に行き来しており、衝突しそうになることもしばしばだった。

 

 津喜市内に工場を設けている企業との交渉により、現在の海浜検見浜付近から稲木海岸付近までの工場は仙豊地方や富原地方に移転している。移転後の工場跡地は団地が建設されたり、商業地が整備されたりしている。現在津喜市の副都心として栄えている検見浜新都心もこのころ整備された。

 

 1990年代頃は沿岸部の再開発が進む一方、両武本線や両得本線沿線の開発も進行。マンションが増え始めたのはこの時期で、道路の渋滞解消を目的に津喜都市モノレールが延伸を繰り返した。津喜都市モノレールは渋滞解消に効果があったものの、建設費が他の方式より高い懸垂式モノレール方式を採用したことに対する疑問の声が多かった。

 

 懸垂式モノレールを採用した理由は「景観上優れているから」ということになっているが、市内に工場がある鉄鋼メーカーとの関係性を重視したという噂がある。実際、鉄鋼メーカーとのやり取りが全くなかったわけではないらしい。

 

 2000年代になると、永京都心部の過密化対策として首都機能分散計画が実行されることになった。永京都心と富街国際空港(当時は新永京国際空港)との中間にある津喜市は注目され、2005年頃から一部の省庁や企業の移転が進められることとなった。この当時の人口は380万人。津喜市は2017年までの12年間で20~30万人程度人口が増えたことになる。もともと津喜市は永京都市圏とは別の「津喜都市圏」の中心都市だったが、このころからその性格が強まってきている。

 

 2005年時点では、両武本線や両得本線などの主要路線沿線はすでに開発の余地がなく、今まであまり注目されていなかった津古線沿線の開発が進められることとなった。津古線は2005年当時日中各駅停車10分間隔の運行だったが、2006年には7分30秒間隔化されている。その後、特急や急行などの優等列車も走るようになり、現在は一時間当たり各駅停車8本、急行4本、そして特急が1本という運行体制になった。

 

 津古線の運行本数増加は、沿線の開発による人口増加に対応するための策である。だが、一方で津古線により結ばれている古林市の人口も増加した。これは利便性の向上による効果だという。

 

 2007年からは津喜駅北口の再開発が進められており、2014年頃から新しいビルなどが完成し始めている。当時の北口は住宅地だったが、再開発後は商業施設やオフィスビルが多数建設された。徹底的な再開発が行われたため、住宅地だったころの面影はほとんど残っていない。

 

 2016年にはNTR津喜駅の橋上駅舎化が完了。8階建ての駅舎がホームの上に建設され、両得電鉄などの津喜駅と一体になった新しい商業施設がオープンしている。北口の再開発もあり、津喜市の中心は両得電鉄津喜中央駅から津喜駅周辺に移りつつあるようだ。

 

市内の主な駅

津喜 鹿居 検見浜 海浜検見浜 海浜検見浜 中沼 西泉


※当ページの内容はフィクションです。

当ページ最終更新日 2018年05月06日

当ページ公開開始日 2018年05月06日