津喜製作所関係のメーカー

津喜重工業

(2016年10月に津喜製作所へ統合)

旧津喜財閥系の車両製造メーカー。鉄道車両のみならず、自動車、船、小型旅客機などを幅広く製造。空想電車シリーズの日本を代表するような企業になっている。

鉄道車両の製造は1900年代から行っている。最初は小型客車ばかりを製造していたようだが、その後電車や電気機関車の製造も手掛けるようになる。特に電気機関車は国産品の中で最も評価が高く、戦後に電装品製造部門が分離された後も、製造を続けている(現在電装品部門「津喜電機」は合併により同一メーカーとなった)。

「津喜」と名が付くことから、当初から現在と同じく津喜県で車両を製造していたと思われがちである。しかし、戦前は愛知県で主に車両を製造していた。というのは、津喜は陸軍の軍郷。津喜周辺にある工場はその多くが軍事目的の製造を行っていた。

鉄道車両を津喜で生産するようになったのは、空襲で被害を受けた旧軍用車両製造工場を鉄道車両工場に作り替えたのが始まり。生産を始めたばかりの1947年頃は、通勤電車の製造を主に行っていたようだ。その後、1952年には車両製造機能を津喜に一本化。特急車両も製造するようになっている。

津喜重工業製の車両には、津喜電機(後述)製の制御装置が組み合わせられやすい。というのは、戦後財閥解体が行われるまで、津喜電機は津喜重工業と一体だったからである。もちろん、他のメーカーの制御装置が組み合わされることもある。両得電鉄では、「融通が利きやすい」ということから、津喜重工業製車両には津喜電気製制御装置を組み合わせていた。

津喜電機

(2016年10月に津喜製作所へ統合)

戦後の財閥解体により、津喜重工業から分離した電装品製造メーカー。電車の制御装置だけでなく、家電、近年では自動車用バッテリーの製造も行う。

加速に強い制御装置を作るのが得意で、津喜電機製の制御装置は主に通勤電車や登山電車に用いられることが多い。どちらも停止状態からの加速が命だ。一方、かつては特急電車用の制御装置に苦手意識があったようで、高速線などでは他のメーカーよりも採用率が低いなどの問題もあった。

VVVFインバータ制御装置を最も早い段階で実用化したことでも知られている。1990年代は「他のメーカー製に比べて制御が粗い」などの評価もあったようだが、NTR今北での制御装置大量採用をきっかけに、大規模な品質向上を実施。現在は「最も滑らかな制御ができる」と評価されるようになった。

SiCモジュール適用VVVFインバータの開発による、VVVFインバータ小型軽量化は2000年代後半ごろから本格的に取り組み始めた。「電車は軽いほど効率が良い」をセールスポイントにしているが、装置の軽量化が難しいPMSM(永久磁石同期電動機)の開発には消極的。PMSMは個別制御をしないといけないため、従来よりコントローラの数を増やさなければならないのが欠点だ。

遠山原車輛製造

(2013年4月に津喜重工業→2016年10月に津喜製作所へ)

鉄道車両メーカーでは珍しく、戦後に誕生したメーカー。当初は旧得原鉄道(現在の両得得原支社)の車両を主に製造していた。

後発のメーカーということで、当初から他のメーカーとの差別化を目指していた。特にアルミ車体、ステンレス車体の製造に関しては他のメーカーの先陣を切って取り組んだ。海外からのライセンス取得、自社の開発チームによる努力…… それぞれの努力が実を結び、アルミ車両は得原鉄道→両得電鉄得原事業部、ステンレス車両は永急電鉄が積極的に採用するようになった。

1980年代になると、アルミ車両の受注が減り、ステンレス車両をメインに製造するメーカーへと方針転換。「特急電車はアルミ、通勤電車はステンレス」と用途により使い分けるようになった。もちろん、通勤電車でもアルミ製を希望する場合はアルミでも製造していた。

軽量ステンレス車体の製造を本格化し始めたのもこのころ。独自技術を使っていたことから、当初は特許を取得する予定だったという。ところが、当時の国鉄からの圧力で特許取得をあきらめ、軽量ステンレス車体の技術を公開した。結果的に遠山原車輛製造が有利な状況を得ることはなかったが、空想電車シリーズ世界での各メーカーの技術力が上がったことは間違いない。

ところが、2005年頃から通勤電車に関してはステンレスのみとするようになった。この影響を大きく受けたのが永浜急行。アルミ車体での注文を続けてきていたのだが、永浜急行側が妥協してステンレス車体を注文するようになった。

袖ヶ浦製作所

(2018年4月に津喜製作所に吸収)

富原地方最大の車両製造メーカーとして知られていた。1910年代に創業した「袖ヶ浦工場」が始まりである。

1972年まで続いたアメリカ統治時代には、ステンレス車両の製造ライセンスを取得。以降、ステンレス車両の製造を得意としてきた。一方、軽量ステンレス車両の開発では遠山原車輛製造や津喜製作所に遅れをとり、近年は富原地方以外に導入される車両の製造数が減少。厳しい状況が続いていた。


※当ページの内容はフィクションです。

当ページ最終更新日 2018年07月18日

当ページ公開開始日 2018年07月18日