電車好きの弟

 彼は電車を愛してやまない。彼曰く電車の良さとは「人」「色」「音」であるという。「人」とは電車に乗る乗客、そして電車を動かす運転手と、アナウンスをする車掌、あと駅員の事。「色」とは電車の車体色と、空の色と、線路沿いの建物の色と、太陽の日差しの色の事。「音」とは、電車の走行音、車掌や駅員のアナウンス、乗客の話し声の事だという。そんな彼は久しく電車に乗っていない。1週間ほど前に体調が悪くなって数日調子が出ず、しかも学校がその間に冬休みになったという事もあり電車に乗る機会がなかったのだ。そんな彼だが、ここ最近ようやく調子を取り戻してきたので、電車で数駅のところにある神社にお参りしないかと誘ってみたところ、彼は二つ返事をしたものだから、早速駅へと向かった。

 向かった駅。それは最寄りの駅。この駅はカーブしていてほかの駅にはない独特の雰囲気がある。彼はいつもこの駅から学校に向かっているのだけれど、今日向かう神社の最寄り駅は彼が通う学校とは真逆の方向にある。そんなわけで彼のテンションは高かった。

 「カンカンカンカン…… キンコンキンコン…… 下り電車が参ります。ご注意ください」

 駅の放送よりも先に踏切が鳴る。これが電車の来る合図。古い木製のベンチに腰かけていた老若男女がベンチを後にして、線路際へと向かう。やってきたのは茶色塗りの古めかしい電車。最近の水色の電車に比べて、少しうるさい気がする。

 「この音でなくっちゃ」

 彼は言った。彼曰く、茶色塗りの電車は今や私たちの家の近くを走る小支線でしか走っていないそうで、近々引退するという。その頃には鉄道好きが各地から集まり、にぎやかになるらしい。この古めかしい電車がやってきたのは、彼にとってさぞ嬉しいことなのだろう。そう思ったけれどそれは違うらしい。

彼は撮り鉄だった。写真が趣味の親父から譲り受けた、結構型が古い一眼レフカメラを携えて県内各地を駆け巡る。夏休みはそんな日々ばかり過ごしていて、全然俺の悩み相談を聞いてくれなかった。挙句にテストの成績も学年一・二を争うほどに悪かったらしい。「お前の弟、成績悪いんだってな」私は大学生だというのに、どこからかそんなうわさを聞き付けた面倒な輩が俺に絡んでくる。とてもめんどくさかった。

話が少しそれたが、今日はそのカメラを持ってきていなかったのだ。あいにく、駅に入ってから気が付いたらしく、今更家に引き返すのもめんどくさいという事でカメラを取りにいかなかった。そのせいで古めかしい電車の写真を撮れなかったのだ。そのおかげで彼はかなり残念そうな顔をしていた。

そんな彼に追い打ちをかけるかのように残念なことが訪れる。それは私たちがこれから乗る電車の事だ。そう、最新式の水色の電車。彼曰く茶色塗りの電車は小型なので通学時間帯には来ないけど、この水色の電車は大型なのでさんざんと言っていいほどに来るという。

「なんで乗りなれた電車で神社行かなきゃならねえんだ……」

彼にとって、神社に行くことは二の次であって、茶色塗りの電車に乗ることがお出かけの最大の楽しみだったらしい。罰が当たりそうである、というか、今彼にその罰が当たっている。電車好きの悲しい性であろうか。私は新しい電車のほうが静かで乗り心地が良いから好きなのでいいのだけれど。

電車は動き出す。彼曰くモーターが付いている車両らしく、足元からモーターの唸りが聞こえてくる。彼が教えてくれた。

「モーター音が静かになったら、惰行運転しているということなんだよ」

一応教えてくれたお礼を言っておいたが、彼女を口説くときのセリフにはとてもじゃないけど使えないし、友達に披露することもおそらくなさそうな知識なので大してありがたくなかった。

神社がある駅は数駅先。そんなに時間はかからない。気が付けば神社の最寄り駅についていた。

「ついたぞ」

「もう降りるのか」

「乗るときさんざん残念がっていたくせに、まだ乗りたいんじゃないか!!」

「そりゃどんな電車であれ、電車であることには変わりないからな!! そりゃ茶色い電車に乗りたかったけどさ……」

駅から神社までは徒歩5分。神社は小高い丘の上にある。急な階段を登ったら立派な社が見えてきた。

「ここの神社は、思ったよりも立派なんだな」

「俺も驚いた。ここまで立派だとは思わなかったよ。さすが歴史ある神社だけあるな」

小高い丘の上にあるからなのか、遠くの山々を見渡せるほど眺めが良かった。鳥居の脇からは田んぼの中を走る電車が見える。

「ここはいい撮影スポットだ」

「撮影するのはいいけれど、ここは神社。迷惑にならないようにな」

お参りを済ませた後、一枚電車の写真を撮って神社を後にした。帰りの電車は彼待望の茶色塗りの古めかしい電車だった。彼はすかさず先頭車両に移動し、轟音という言葉がぴったりのモーター音と独特の揺れを楽しんでいた。

 「この電車にはスピードメーターが付いていない」

 「あ、ほんとだ」

 「これは古い電車だから。運転士は自分の感覚で速度が今何キロかを感じる。運転手が丁寧に運転しないと止まる時の衝撃は大きくなってしまう。この電車に慣れていない新人の運転手が運転すると、丁寧に運転しているつもりでも、へなくそな運転になっているよね」

 「そうなのか。運転、難しい電車なんだな」

 スピードメーターが付いていないのは友達に自慢できそうだ。もちろん、新型の水色の電車にはついているらしい。勉強になった。そして自宅の最寄り駅に着いた。

 「降りるぞ!!」

 「俺は降りねえ。この後暇だし終点まで乗っていくわ」

 「どうしようもねえ奴だな。少しは勉強しろよ。同級生にお前が成績悪い事がばれて、からかわれているんだから、少しは勉強したらどうかね」

 「勉強??俺はお前と違って、大学進学して一流企業に進学する気は全くないんだよ。鉄道趣味を極めて自分が楽しく生きられれば、それでいいんだ」

 とにかくどうしようもない奴である。でも、彼には立派な情熱がある。俺の半人前の情熱と比べたら比べ物にならないぐらい、強くて立派な情熱を持つ彼を、馬鹿にしてはいるけれど心の中で応援してしまう。彼はどうしようもないけど、一人前だ。そして自慢できる弟だ。そして気が付けば、彼を尊敬していることに気が付いた。


※当ページの内容はフィクションです

当ページ最終更新日 2018年1月6日

当ページ開設日 2018年1月6日