迷ってばかりだ。
もう真面目なだけでは生きていけない年齢になってしまって、
ちゃんと人の話を聞くだけじゃなく、
ちゃんと人に話をしないといけない年齢になってしまって。
アラサーっていう年頃って僕に向いてないなぁ……
迷ってばかりだ。
あじさいが咲いたから愛でた。
隣で君もあじさいを愛でてた。
湿った空と人生を重ねて、
まるで僕みたいだと思って。
それは嫌だから君と居たい。
湿った空を乾かしておくれ。
迷ってばかりだけど、
あじさいが咲いた。
迷ってばかりだけど、
君と居たいのは本当。
移り気な僕を優しく包んで。
気の移らないように。
青いあじさいを見つめる、
その横顔も花みたい。
先生どうやったら勝ち組になれるんですか。俺、たくさんお金を稼ぐだけじゃ勝ち組になれないって気が付いたんですよ。お金をたくさん稼ぐだけでもう勝ち組みたいな価値観があるけど、俺は恋愛したいんですよ。女の子と一緒に楽しいことしたいんですよ。でも昔からお騒がせなあの実業家って結婚していなくて、というかそもそも恋愛に興味が無いなんてことを言っていて。いやそれは個人の価値観だから別にいいんですけど、めっちゃ貧乏でも結婚して、子どもが出来たらめっちゃ節約して裕福では無いけど幸せな人もいるってネットの記事になっていて。
俺何が本当かわからないんすよ。どうやったら勝ち組になれるんですか。
「青いね」
学校の先生になって5年目。今までの教え子の中で一番の変わり者に、とても変な質問をされた。勝ち組負け組なんて言って比べたがる価値観が俺は気にくわないんだけど、こういうのって本当になんなんだろうな。ベストアンサーが浮かばなかった。だから「青いね」としか言えなかった。
「俺だって勝ち組になりたいんですよ」
「頑張るしかないべ。頑張り方なんてのは自分で考えろよ」
「わかりました……」
案外すんなり納得してくれた。考え方は変なのだけど、案外素直な彼を嫌いにはなれない。
「先生、そういえば……」
「どうした??」
「花火大会に女の子と行ったことありますか??」
「女の子とはないな。男同士で行ったことなら何回か」
「先生のことだから、めっちゃ女の子にモテモテで花火ぐらい一緒に行ったことあるのかと思いましたよ」
「俺の妻はね、人混みが苦手だから花火大会に行きたがらないのよ」
「そんな人もいるのですね」
「勝ち組になるためには、視野を広げるのが一番良いと思うよ。彼女がいるかいないかしらないけど、とにかく花火大会行って人間観察してみたら。それも悪くないと思う」
なんとなく思いついたことを言っただけだが、彼の心には響いたらしい。
「ありがとうございます」
感謝されるほどのことは言っていないけどね。でも、今まで感じたことの無いような妙な感覚があった気がした。
本当はもっと、真面目な人になりたかった。真面目で勉強も仕事もできる人になりたかった。けれど、人と係わることが苦手で、周りの環境になじめず不登校になってしまった。勉強をする気にはならず、「真面目だね」って言われるような性格だったのに、不真面目な人間になってしまった。
不登校になってた頃の夜はきっと自由だった。何もかもが自由だった。けれど、夜にしか生きる価値を見いだせていなかったあの頃を振り返ってみると、自由であることが逆に不自由なことだったんじゃないかと思う。自由を手にしすぎたみたいだ。だから今、不自由を感じている。
あの頃勉強を頑張っていたら、もっとお金を稼げていただろう。そして沢山の人とコミュニケーションを取っていたら、もっとキラキラした人生になっていたに違いない。隣の芝は何時だって青くて、まったく劣等感を強めてくれる。ちくしょう。俺はもっと自由になれたはずだ。不自由を乗り越えた先でしか手にできない自由を手にできたはずだ。
不自由だ。
マジョリティーになれたらどんなに楽なんだろうか。
みんな好きなものにあまり興味が持てない。「好きになろう」と意識しないと、みんな好きなものに興味を持てないのが悲しくて、人と違うことが嫌なくせして人と違うことに興味を持ってしまう自分に嫌気がさす。いつだって、マジョリティーになれなかった。
マジョリティーになりたい。
マジョリティーになれたら、
きっと自由になれる。
人とうまく関われないという不自由が解消されて、
どこまでも自由になれる気がする。
本当はもっと、自由な人になりたかった。
僕は自由を手にしすぎたみたいだ。
本当はもっと、ありきたりな人になりたかった。
でもいま、ありのままの僕がここにいる。
理想とはかけ離れた性格の僕が、いま鏡に写っている。
「パラレルワールドの僕は、自由ですか??」
鏡に写る自分に問いかけた。
今、この時間を乗り越えたら僕はきっと……
「俺パリピになりたいんだけど」
「知らんがな」
「いやまて、陰キャ卒業したいんだけどどうやって卒業するの??」
「知らんがな」
「いやまて、教えてくれよ」
「卒業の仕方を真剣に考えてるようじゃ卒業できないぞ」
グループ通話集えば、ろくでもない下ネタ。恋愛したいと嘆くもその後に始まる愚痴大会。人のあら探ししかできない、早口、空気を読めないというか空気を読む気が無い。
どうしたらモテるかって??
まずは狭い部屋にずらりと並ぶフィギュアの一つや二つを売ったらマシな服を買えると思うから、そっからだぞ??
「でもかわいーんだもん今期アニメの推し!!」
「お前パリピになる気ある??」
「楽しければパリピなんだよいーじゃん!!」
「てか、なんでパリピになりてーんだよ」
「めっちゃ恋したいんだけど!!」
「別にパリピじゃなくてもいいんじゃねーか」
「でも楽しい方がいいじゃん」
「そうだね。でもお前は浮気しすぎだよ。誰だよ○○ちゃん好きって言ってた癖して今は○○○最高かって言ってるのは!!」
「だってかわいいんだもん」
「あのな、遊びすぎや。少しは本気になったら」
「本気になる時を待つだけだよ」
「お前、恋愛はともかく本気でアニメ見たことあるの??」
「そういや……遊び感覚でしかみたことないな……」
「あ、ちょっと本気で考えた!!」
「いやちょっとドキってしただけだし」
「このまま虚無な日々を過ごしたいと思うのか??」
「虚無かどうかは俺が決める」
ハイハイム三倉部の2階の一室。20代も折り返し地点の独身男性すなわち俺。通話相手は中学時代からの付き合いの斉藤。高校も大学も同じで、働いている会社こそ違うが未だによく電話している。テレビから流れているのは人気女優が子どもと買い物に行く様子。すごいほのぼのとしている内容なんだけど、なんか寂しさとか妬みとか、なんか腹黒のいい素材になりそうな感情を感じてしまって……
まあいいや。そろそろ酒を流し込む時間か。腹黒もアルコールで殺菌消毒されてくれることを信じよう。
しかし、「パリピになりたい」なんて斬新な考えというか悩みだな。そういう考え方をしたことがなかった。まあそんなのどうでもいい。つまみを切らしてしまったので、一旦電話を切って坂の下のドラックストアに買いに行くことにした。
坂の下のドラックストアは、数年前までスーパーで、そして斉藤が初恋の人に告白をした場所である。そして最近、斉藤の初恋の相手が店員としてこの店で働いているらしい。
「いらっしゃいませ」
かわいくて明るい声が聞こえてくる。
「もしかしてこの人が斉藤の初恋の相手??」
なんとなく見覚えのある顔だった。別に俺からしたらどうでもいいんだけど、何となく斉藤の今までの恋愛と、俺の今までの恋愛を思い返していた。
2014年京都。当時の斉藤は今ほどアニメが好きというわけじゃなくて、どちらかと言えばドラマばかり見ていて…… ただ、そいつの隣の色白のポニーテールがめちゃくちゃ絵が上手くて、声もかわいくて多分人目惚れしちゃったんだと思う。
修学旅行。班行動で同じ班になった俺と斉藤と初恋の人。わざとというわけではなく本当に偶然だった。アニメの舞台になった場所だからという理由で、自由行動の時間に大きなサバのオブジェがぶら下がっている商店街に行って、斉藤と初恋の人がめっちゃ盛り上がっていたな。まあ、それを白い目で見ていた俺ともう一人の奴がいたんだけど。
「懐かしいな」
スルメイカを片手に、ふいに呟いた俺。それを眺める誰か。
「あれ……」
「お前……」
2022年7月21日。久々の再会だった。
「ねえ、もう少しで仕事終わるからさ、森公園で待っててくれない??」
斉藤に、「急用が出来たから話の続きは明日お願いしやす」とメッセージを送った。
「なんだよ??彼女か??」
「あほか。俺に彼女がいると思うか??」
「そうだな(笑)」
いつも通りのやりとり。でも、その裏はドラマチックなのだった。
夜の公園。薄明かり木々のベンチ。仕事終わりの斉藤の初恋の相手。思えば、斉藤の初恋って遅かったよなぁ……
「おまたせ」
「おう。凄い久しぶりだな」
「そうだね。そういや、さっき懐かしいって言っていたけど、もしかして私に気が付いた??」
「それっぽい人がいるなと思ったけれど、まさかと思ってそこまで気にしなかった」
「そうなんだ」
「いや、そのね…… ふいに修学旅行のことを思い出したんだよ」
「懐かしいね。もう8年くらい前のことになるのか」
「秋だったっけ。おもち食べたよね」
「ああ。うまかったよな。あと、斉藤とめっちゃ楽しそうにしてたよな」
「もうやめてよ。斉藤のことは知らないよ」
「いや店に行く前さ、斉藤と電話してたんだよ」
「えーキモっ」
「キモくねーよ。でも斉藤は『パリピになりたい』なんて急に変なこと言い出してさ。回答に困ったよ(笑)」
「斉藤らしいね。唐突に変なこといいだすところ」
「だろ。で、最近アニメばっかり見ているんだけど、斉藤がアニメを見始めたのってお前がアニメ好きだったのがきっかけだったのかなって思ってさ」
「そうかもね。元々アニメ有名なやつしか知らなかったし、私があのサバの商店街が舞台のアニメの話したあたりで私が好きなアニメとかも見るようになったんだよね」
「あのときの俺百均でさ、変装道具さがしてたよね」
「あほだなぁって思ったわ」
思い出話に花がさく。ちょっと長話をしてしまったので、そろそろ切り上げて家に帰ろうとした矢先。
「あのさ、最近の斉藤ってどうなの??やっぱ、気になるかも……」
「なんか、今の仕事を辞めて転職しようとしているみたいね」
「そっか。なんか、斉藤にもう一度会いたいかも……私」
「いつでも言えよ。斉藤なんか俺がすぐ呼べるんだから」
「ありがとう」
今度の土曜日。坂の下のドラッグストアに買い物に行かないかと、斉藤を誘ってみた。
#津喜県 #津喜市 #津喜都市モノレール #津喜公園駅
先輩はおえぇぇぇーーーーって思いっきり吐いてもその酒癖の悪さは何も治りやしないから、せめて腹黒いのも一緒に吐いて欲しいわ。あのな先輩、公園の池に向かって吐くなや。この池このあたりを代表する公園を象徴する光景の一つなんだぞ。津喜公園、津喜近辺の人しか知らないと思っているかもしれないけど、いくつかのアニメに登場している以外と津喜以外の人も知っている公園なんだぞ。
いけない。思わず心の声が出てしまった。でも先輩はそれどころじゃない。上下関係を無視した私の失礼な言動にかまっているどころではなくて、割と深刻な感じで本当に辛そうだ。普段は上から目線の物言いがあらゆる人に煙たがられている先輩のことを、何だかんだ嫌いという人がそんなにいないのは、このどうしようもない性格の中に少なからず愛嬌を感じているからなんだろうな。この俺も今目の前の先輩をほっとけないんですよ。もう日頃のストレスとかそれ以前に「この人本当に人間らしいな」って感じがして。唯一の魅力は間違いなく愚かさだと思う。愚かさ=悪とは限らないんだなっていうのを学ばされる。
タクシーを呼び、同僚から教えてもらった先輩の家まで送ることにした。
「あぁ俺もみっともねえな。タクシー代よりもちょっと多めに出しておくからよ」
しかし、先輩の財布はたった100円ちょっとの小銭しか入っていなくて、『こんなんで何がタクシー代よりも多めに出すからよ』だと愚痴りつつ自分のお金で支払った。
「愚かって嫌だな」
もう呆れるとかを通り越している。諦めというか。でも、思いっきり愚かな人生って悪くないんだろうな。
そうやって愚かなことを考えた。