文学的沿線 ベイコネクト線

プラチナ

 

 乗り換える必要があった。10月から永京に異動することになって、本当は都心の一等地に住みたかったけど、そこまでの経済的余裕はない。だから、電車でだいたい30分ぐらいの所に住むことにした。大阪からの高速線を降りて、階段を下って今度は地下まで行って、これから初めての電車に乗り込む。

 

 

 ドア脇の広告は、同級生がエキストラとして出演していたドラマの続編。同級生は今も俳優を目指しているんだろうか。もうアラサーになって、夢を見続けた後にある結末と、夢を諦めて確実な方向に進んだ場合の結末を比較するようになってきて、だんだん純粋な気持ちが薄れてくる。そして「同級生」の中にも明らかな格差が生まれてくる。数字で比較できるものもあれば、数字で比較できないものもある。数字で解決できるものもあれば、数字で解決できないものもある。

 

 本当は都心に住みたかった。お金で解決できなくもなかった。けど、住まい以外のことにもお金を使いたかったから、いまこの電車に揺られて少し遠くへ向かっている。それなりの仕事をしている僕だって、本当は「やらなきゃいけない」仕事よりも別のことをしていたい。音楽をやりたい。

 

 豊洲駅を出ると地上に出る。木材座駅、新浦原駅と来て次は遊園地のある登出駅。そして登出駅を出たらしばらく海の上を快走する区間がある。そんな車窓を眺めながら聴く音楽は、学生時代によく聴いていた音楽。新しい歌を作ろうとして、メロディーは浮かぶんだけどいつも歌詞に悩む。そういう時はただ好きな音楽を聴きながらぼーっとするに限る。僕の場合はね??

 

 この前投稿した新曲、それなりの再生数だった。自分の歌を通して友達も増えた。北は北海道、南は台湾??もはや海外だよ。海外に行ったことはないけど、歌だけは海外進出した。SNSではプロの人にもフォローされた。新居の近くにもフォロワーさんがいて、今度ご飯食べる予定。

 

 仕事のことを一切考えない時間は楽しい。けれど、時折考えさせられることもある。能力についてだ。人間は皆平等と建前ではいうけど、実際は??

 

 僕は背伸びして現実から目を背けてきた。一生懸命勉強しつつ、エナジードリンクを飲みながら終わらない仕事を攻略してきた。怒られない程度の手の抜き方も覚えた。けど、努力したって乗り越えられないことが確かにあるのも理解した。新居の最寄り駅の純丘駅で待ち合わせしているフォロワーさん、給料がほぼ最低賃金レベルみたいだ。

 

 「転職も考えたが、けど今と違う環境に自分が耐えられる自信が無い」

 「自信持てば大丈夫ですよ!!」

 「こんな自分を雇ってくれる会社があるとは思えない」

 「なんでですか??」

 「(中略)とにかくのけ者扱いですよ」

 

 努力では乗り越えられない現実。あと少しで乗り越えられそうなのに、中々乗り越えられない悔しさ。学歴とか資格があっても、給料の高い仕事に就けない人もいる。

 

 「大学を出たら、それなりの会社で正社員として働くつもりだった。けど、それができなかったから、夢を一生懸命追いかける道に進もうと思ったんです。じゃないと、何も変えられないと思った」

 

 僕とそのフォロワーさんの曲の再生数は、だいたい同じくらい。けど、音楽に対する熱意というか覚悟は、そのフォロワーさんには敵わないと思った。必要最低限のものが足りなくて、足すことも難しい人からすれば、唯一あるもの……彼の場合音楽に頼るしかない。

 

 駅から10分ちょっとの道のりを熱弁しながら歩いた。今度、僕の家でコラボ曲を一緒に作ろうと誘ってみた。そうだ、もしミュージックビデオを作る時は、俳優を目指していた同級生に久々に連絡してみるか。

 

交わりたい

#新浦原駅

 

 「欲しいな……」って言うだけ。何だかんだ、何かが足りない日々に対して寂しさを覚えつつも、不幸なわけじゃないから「これでいいか」なんて思って何も変わらない日々が続いている。幸せを掴んだ向こう側に困難や悲しみがあるのなら、幸せでも不幸でもないこの……ニュートラルな状態がトータルでは一番幸せなんじゃないかとすら思う。

 

 そうやって「これでいいか」が口癖になっていくと、例えば街中でカップルを見かけたり、私と似たような境遇なのにやたらと成功している人に対する気持ち悪さとか憎しみだとか、そういうのも感じにくくなってくる。足りない物は無理矢理満たすしかない。天然のものじゃなくて、人工的なものだったとしても、一瞬満たされればそれでいいやと思えてくる。

 

 でも寂しい。学生時代に人に言えない気持ちを抱きながら見つめていたアイドル、もうアラフォー。軽音学部にいたとき「こういう感じの人と付き合いたい」と思った好きなバンドのボーカルだって、なんならこの私自身だってアラサーだよ。お互い独身。「ここにいい人いますよ」って昔の私なら言っていたんだろうけど、今は……なんかめんどくさいな。寂しいし、誰かにそばにいて欲しいのに、誰かのそばにいるってことにめんどくささを感じてしまう今日この頃。

 

 秋だからか??

 

 サブスクで音楽を聴こうと思って色々漁ってみるけど、流行りの曲は知らないアーティストの曲ばかり。確か、29歳ぐらいまでは無理矢理流行りを追いかけてたんだよ……でも最近は疲れてきて、好きなアーティストの曲をじっくり聴くことが増えた。それが一番落ち着く。

 

 この前友達に「焦ってないのが羨ましい」と言われた。必死に生きていても疲れるだけなのに、逆に「焦ろうと思える」ことが凄いと思う。けど、漠然とモヤモヤした気持ちになることはあるよ。

 

 仕事帰りの新浦原駅。これから飲みに行くであろう若者がいた。清楚な感じの子といかにもイマドキって感じの気取ってる奴が仲よさそうにしていて、「あー私とは関係ない人たちだな」って思いつつも「そういう青春を過ごしてみたかった」とも思って、じゃあそういう青春を過ごしている妄想でもしてみようかしら??と思った。ただ妄想するだけじゃヤバイ人だと思われるから、その妄想を小説にして投稿サイトに投稿してみようかと思いつき、さっそく執筆活動を始めた。

 

 駅から自宅近くへ行く路線バス。車窓から見えるラブホの看板。気持ちよさそうな顔で眠るおっさラリーマンの隣で、決して交わることのない何かと交わるようなストーリーに想いを馳せた。

 

タイムライン

まだわからないから

#新浦原駅

 

 同級生、ブスがメイクで大化けしていたり、とにかく勉強できなかった奴が立派なお父さんになっていたり、大学院に進んだ奴もいたり。私はそれなりの会社の新入社員です。性格が大人しくなってもそれぞれ違う道を進んでいても、確かに残ってる「あの頃」の感覚。ひとりひとりの個性はそこまで強くないけど、集団になれば唯一無二の強い個性になれるような気がして。

 

 私、っていうただ一人の存在では弱すぎるから、

 私、っていうただ一人の存在の集合体の中に入ってしまえば、

 私、っていうただ一人の存在が集合体の一部になるから。

 そんなの当たり前なんだけど、そうすれば、

 私、っていうただ一人の存在がとても強い存在の一部になれる。

 私、ってそういうやり方でしか武装できないから。

 

 おかしいな。私って、中の上だと思うんだけど、なんでいま、こんな有様なんだろう。別に引きずってないし、勉強できなかった奴がお父さんになってても対して嫉妬しないし、エリートと自分を比べて劣等感を感じることもないはずなんだけどな。おかしいな。

 

 あのさ、文学的な表現で私を振るなよ。

 

 思い出すだけでバカバカしくなってくるよ。マジでクソださい服とか大してイケメンでもないくせしてかっこつけるところとか、あのさ、私だって幸せを掴みたいって思ったんだけど。

 

 しばらく天気が悪いらしい。

 

 親戚のかなのちゃんは甘えん坊の彼氏のおかげで毎日が幸せらしい。一緒に会社に行ったり、デートも沢山行ったらしい。じきに結婚するだろう。でもかなのちゃんの彼氏は、収入が少なくて大した仕事もしてないみたいだけど。

 私、かなのちゃんよりも頭良くて収入も多いはずなんだけど。資本主義社会においては、かなのちゃんよりも私の方が勝ち組で優れているんだけどね、なんで恋愛ではかなのちゃんよりも劣っているの。ばかじゃないの。私は、頭が良くて収入も多い。こんな私をどうしてみんな選ばないのさ。バカじゃないの。私は優れている人間なんだけど、どうして見向きもしないの。

 

 ひょっとして、

 頭の良さとか収入の多さって、

 恋愛には必要のない要素なのかな。

 そんなはずないって思うんだけどな……

 

 チューハイが、いつもよりまずく感じた。

 


※当ページの内容はフィクションです※

当ページ最終更新日 2023年10月07日

当ページ公開開始日 2023年10月07日