文学的沿線 永急羽沢線

迫り来るカフェ

#良江駅

 

 カフェで作業する僕に迫り来る影、正面口から徒歩三分。

 手元のコーヒーと迫り来る影、どっちも苦い。

 スタイリッシュな店内、ロマンチックな夢、現実はサディスティック。

 必死な僕よりも速い影、締め切りのおまけ付きで。

 

 勉強をする大学生の隣、高卒の僕は、

 好きなことを好き勝手やってたらいつのまに怒られてた。

 もう影に追いつかれた。

 もう日が沈んだみたい。

 

 ブラックコーヒーよりも苦い君の顔が、

 僕をじっと見つめたら、

 苦い一言、ブラックコーヒーよりも強烈な苦み。

 悪いのは僕なんだけど、

 君に怒られるのはいやだ。

 

 コーヒーの香りで苦い気持ちを誤魔化したら、

 すかさず君もコーヒーを飲んで僕をじっと見つめる。

 この夜が明けたら遅延。

 遅延証明書出してよ??

 え、僕が遅延しているの??

 素敵な未来に時刻表なんかなくていいのに。

 僕は電車じゃない!!

 

 アプリの通知、遅延のお知らせ。

 僕も電車みたいに遅延してる。

 君が微笑むまで頑張るよ。

 溶けてしまいたい。

 

ディナーしたいなーーーー

#桜橋駅 (中目黒)

 

 愚かだなんて、分ってるよ。

 ただ奢ってもらいたいだけなんだ!!

 ディナーを。

 ただ食べたいだけなんだ!!

 焼き肉を。

 

 でもそんな大金、大都会でも簡単に出してくれる人なんて中々身近にいませんね。

 大金持ちとお知り合いだったらいいのに私。

 この町を歩いているのは、ただ浮かれたいだけ。

 大金持ちになったら、わざわざ歩かないでローアンド・ワイドの高級車に乗りたい。

 この体ですらローアンド・ワイドなのに。

 

 愚かだなんて、分ってるさ。

 ただ人のお金で焼き肉を食べたいだけなんだ!!

 そうさ、

 ただ食べたいだけなんだ。

 沢山焼き肉を食べて、大金持ちにチヤホヤされて、

 コネを作っていろんな人から仕事を頼まれる、

 スーパーキャリア人間になりたいだけなんだ!!

 

 この町の自分の手取りよりも高い家賃のアパートから、

 いつか夜景を眺めてみせる!!

 

 私の家まで電車で40分+徒歩15分、

 最低賃金スレスレ世界からの逃避行。

 

プチプラ

#中根駅

 

 世の中にはあまりにもコスパのいい娯楽があるのに、みんなそれに気づかず生きて行くんだ。悲しくなるよ。だって、真上で輝いているスターみたいな生活なんて夢のまた夢じゃないか。私たちは星になれないんだ。この世からログアウトして星になったとしても、このまちの明りで消えてしまうぐらいの弱い輝きしか放てないんだ。きっと。

 プチプラより少しだけ背伸びして繰り出す都会。久々に会う友達がまぶしい。積み重なった努力はやがて得となり、その得は星のようにキラキラとしたキャリアに変わる。得とは努力しないと手にできないものである。要領がよいというのはこの世で最も役立つ才能であり、ぶっちゃけそれ以外の才能がなくてもなんとかさせちゃう、そんな魔力を持ってる。

 私にそんな才能があればよかったのに。物覚えが悪いっていう才能だったらある。

 

 今日のファッション、合計総額は手取りの半分。同世代の平均月収、倍近くあるらしいね。

 

 友達と私が出会えたのは公立中学校。格差への入口。

 十人十色、学歴キャリア職種年収、私はすべて揃っていない方の人間。

 

 プチプラよりも少しだけ背伸びして繰り出す都会は疲れる。人混みなんて苦手で、メンタルが弱々な私にはまぶしすぎる。友達にあうために手取りの半分相当の格好をするなんてコスパ悪い。録画した恋愛アニメ見てる方が気楽で安上がりなのに。ジムに行く?? オーガニックなんちゃら??そんな余裕があったら半額シールのお世話になってません。

 

 私の所得向上計画、まず金銭感覚の見直し。徹底的な貯蓄!!

 未来への投資??何をすればいいかわからない。

 

君のギターだ

#岡津駅

 

 中古のギターに見覚えがあった。たぶん、君のギターだ。君が持ってたギターと同じやつで、同じ所に少しだけ傷がついている。懐かしくなって思わず買おうかとも思ったけど、そもそも私はギターを弾けない。そして、もしこのギターを買ってしまったら、家に帰る度に切なくなりそうで……

 

 だから買わなかった。

 

 初めて君のギターを見たのはもう……10年以上経っているはずだ。まだ痛々しいポエムを書いていた頃のことだ。君はギターを弾いていた。そのギターが今日見た中古のギターだった。そのギターに傷をつけたのは私だった。「ギターを教えて欲しい」といって教えてもらったとき、うっかり角にぶつけて傷をつけてしまった。それをはっきり覚えている。

 清々しいほどに青い恋心だった。けれど君は学校の雰囲気に馴染めず引きこもってしまい、やがて中退した。あれだけ話をしていたのに、連絡先を交換していなかったから淡い青色の恋愛も自然消滅してしまったのだった。風のたよりでなにかいい話が来ないかなって待ってたら、もう……10年以上経ってしまったみたいだね。

 本物の、生身の実在する人間に最後に恋したのはいつだっただろう…… もしかしたら、君が最後だったかもしれない。あの頃から恋愛アニメばっかりみるようになって、気が付けばフィクションの恋愛で満足するようになってしまった。それはそれで悪くないのかもしれない。友達が失恋する度に、「恋をしない」ってある意味幸せなのかなと思うようにもなった。結婚をした友達もいる。しかし旦那の愚痴話を聞いているうちに、何が幸せで何が不幸なのかすらよくわからなくなってきた。

 理想的な恋愛を描いたフィクションや、ギターを弾いていた君との時間を思い出していると、それだけでもう幸せなのだ。それ以上の幸福というものが、別になくてもいいやと思えてしまうのだ。けれど、寂しい。歳を取ると時間の流れが速くなるとよく言われるが、最近は本当に時間の流れが速くなった。大人になると年一回のスペシャルな行事というのが減ってくる。まだ学生の頃は、受動的に生きていてもそういう行事やらイベントに遭遇できた。運動会だとか文化祭だとか、クリスマスだとかお正月だとか。

 しかし大人になると、能動的に動かないとそういう行事に出くわせなくなる。せいぜいボーナスが出て嬉しいぐらいか。運動会とか文化祭というものと縁が無くなるし、クリスマスだとかお正月だとかは確かにあるけれど、幼少期と比べるとそのスペシャル度合いが低くなってくる。クリスマスはせいぜいケーキを買って食べるぐらいで終わってしまうし、お正月も帰省こそするけどあまり感動しなくなる。小さい頃なんか、鏡餅とかおせちとか、見るだけでテンションが上がっていた。なんなら、クリスマスが近づくとよく流れる素敵なCMだとか、黒豆だとか厄除け・方位よけだとかのCMも「冬だなぁ……」と心なしか感傷的な気持ちにさせてくれる感じがして、好きだった。でも今は、テレビを見なくなった。

 10年一昔というが、まさにその通りだと思う。スマホこそあったけど、まだガラケーを使っている人のほうが多かった気がするなぁ…… テレビもよく見ていた。2013年ってつい最近のように思えるのだけど……

 振り返ると、進学し就職し今に至る。確かに私は大人になって、そして成長した。給料は安いがそれなりの暮らしをしている。しかし、孤独感を満たすのに難儀する。食欲は食べれば良い、睡眠欲はまあまあ満たせている。性欲は恋愛アニメを見て満たしている。でも……

 

 翌日、再び中古のギターが売られている店に行った。君のギターはまだ誰にも買われていなかったみたいだ。だから思わず買ってしまった。ギター弾けないのに。

 

 2013年の5月、君に教えてもらったギターの弾き方。それを思い出しながら軽く演奏してみた。あまりにも下手くそで、そもそも曲として成立していないような演奏だったが、孤独感を久々に満たせた気がする。一方で、君との記憶がより一層鮮明になって、涙も止まらなくなってしまった。

 

 そういや、友人が就労移行支援の生活支援員やってるんだけど、そこに通ってる人でギターを弾ける人がいるらしい。友人にプレゼントとして、「ちゃんとギターを弾ける人」の手元に届くようにしようかな。ギターは孤独感を満たすものじゃなくて、楽器だものね。

 


※当ページの内容はフィクションです※

当ページ最終更新日 2023年09月21日

当ページ公開開始日 2023年09月21日