海上鉄道

概要

 海上鉄道(うなかみてつどう)は、海上県内に8つの路線を有する中規模私鉄です。1915年に三本駅周辺から石灰石を運ぶために敷設されたのがその始まりで、その後鮮魚輸送や旅客輸送のための路線も敷設されていきました。現在も貨物輸送が行われており、石灰石に加えてセメントの輸送も行われています。

 旅客列車は海上駅を拠点として運行されており、本数の多い区間では昼間でも15分前後の間隔で運行されています。増上寺線の平田駅近くには富原重工業の工場があり、時折NR富原や富原電鉄などの新型車両が野栄駅まで甲種輸送されます。この工場がある関係か富原重工業が試作車として製造した車両が、海上鉄道で旅客営業を行いながら試験を行うことが度々ありました。


運行形態・車両

昼間の運行パターン

・海上本線普通 海上駅-谷駅 毎時1本

・堀田線と高瀬線 1時間から3時間に1本

・海上本線普通 海上駅-高城駅 毎時1本

 (海上駅-高城駅間では普通列車毎時2本)

・川上線普通 原市駅-旭駅 毎時2本

・川上線普通 川上駅-飯倉駅 毎時2本

 (川上駅-万力駅間では毎時4本)

・野栄・増上寺線 高橋駅-増上寺駅 毎時1本

 編成は2両から6両の間で運行されます。また、時間帯により快速列車が運行されることがあります。快速は海上駅-谷駅間で運行され、途中小久保、高橋、高城、平下、真間、三本、算木に停車します。

8000系

 2024年4月にデビューした車両です。結急電鉄54401系を譲受した車両となっています。

 2025年春までに2両編成14本、4両編成5本が出揃う予定です。

7000系

 2022年3月より運行を開始した車両で、以前は津喜県内のNR線(内郷線・外郷線など)で活躍していた車両となります。6連2本と4連4本が入線し、うち6連1本と中間ユニット2両を部品取り車としました。最終的に4連5本体制となり、主に川上線系統で運行されています。

 津喜エリアへの転用改造時に先頭車のセミクロスシート化と中間車へのトイレ設置が行われていることから、ほぼそのままの状態で運行されています。登場からすでに30年近く経つ車両ではありますが、最新型の車両とほぼ遜色ない設備であることから好評のようです。

6000系

 1991年に、当時の富原鉄道研究所と富原重工業が製造した試作車です。より高性能な通勤型車両をめざして開発され、将来的にはNR富原や風杜市営地下鉄向けの新型車両に技術を反映させる予定でした。

 車体はアルミ製(シングルスキン構造)で、ドアはプラグドアを採用しています。日本の通勤型車両としてはおそらくこの車両が唯一です。1996年までは富原鉄道研究所が所有しており、新型制御装置(IGBT-VVVFインバータ制御)などのテストや、新型装置・車体のデータを取りました。

 運用試験は海上鉄道のほか、NR富原や富原電鉄でも行われましたが、1993年10月からは海上鉄道において営業運転を開始しています。実際にお客様を乗せることで、より使い勝手の良い車両に仕上げようと考えたのです。その後、1998年度でこの車両の試験は終了し、1999年3月付けで海上鉄道に譲渡されています。

 譲渡後は海上鉄道で最も新しい車両として注目されてきましたが、2016年頃から不調により運用入りする回数が減ってしまいました。2022年時点ではラッシュ時のみの運用に入ることが多くなっており、4連1本しか在籍していないこともあってレアな車両となっています。

5000系

 1998年度に雪松急行電鉄から譲受した車両です。老朽化した車両の置き換えを目的に導入されました。

 すべての編成が2両編成で、ワンマン運転に対応しています。

4000系

 1986年度から1990年度にかけて導入された車両です。山岳区間の行楽輸送用に、3000系のドアを片側2箇所に減らして座席を増やしました。車内はドア付近を除きボックスシートが配置されています。編成は2両編成と4両編成があります。

3000系

 1983年度から導入された車両で、界磁チョッパ制御を採用しました。編成は4両編成で、他の編成との連結を考慮しないことから、電気指令式のブレーキが新規採用されています。また、ワンハンドルマスコン(両手操作形)も採用されました。

2000系

 1964年に登場した車両です。通勤客輸送のために20m4ドア車体を採用。編成は2両編成と4両編成があり、かつては6両編成での運行も行われていました。

 1976年度導入車からは、台車が変更されました。

 この仕様の車両は、1982年度まで導入されました。

1000系

 1960年に登場した大型通勤型車両です。

デハ800形

 海上鉄道で初めての大型通勤型車両です。1980年代まで活躍していました。

沿線概況

海上本線

 海上本線は海上駅(うなかみえき)と谷駅(たにえき)を結ぶ路線です。「海上本線」と名乗るだけあって最も歴史の古い路線ではありますが、1915年の開業時は現在の野栄線野栄駅から三本駅までの路線でした。

 現在の起点である海上駅は1920年に開業しました。元々は野栄駅(のさかえき)から現在のNR南東本線から海上駅まで直通運転を行っていましたが、海上鉄道を電化することになり「電車を直通させて欲しい」との要望が沿線からあったため、小久保経由のルートで延伸してきました。

 駅は地方私鉄らしからぬ立派な構造となっており、2面4線のホームとNR線に繋がっている貨物側線、また駅の東側には車両基地もあります。この駅では川上線系統(原市駅-旭駅・飯倉駅)の電車と乗り換えやすいよう、対面接続がよく行われるダイヤが組まれています。

 電車は車両基地を横目に北を目指していきます。海上の市街地は川上線川上駅-海上駅-万力駅付近であり、海上本線の走る区間は市街地から離れている区間となります。そのため、ほどなくして電車は田園地帯の中を進んでいきます。

 小久保駅(こくぼえき)は海上駅の次に乗降客数の多い駅です。駅の近くには海上商業高校や小久保団地があるほか、海上鉄道バスの車庫も隣接していることから各方面へのバスも運行されています。

 高橋駅(たかはしえき)では、野栄線と合流します。野栄線は海上本線が海上駅まで延伸する以前の本線であり、現在は野栄駅でスイッチバックして増上寺駅(ぞうじょうじえき)まで直通する運行系統となっています。この駅には貨物列車のための車両基地があり、電気機関車や石灰石、セメントを運ぶための貨車はこの車両基地を寝床としています。

 高城駅(たかぎえき)からは山を登り続ける区間に入ります。普通列車も半数はこの高城駅で折り返し、ここからは人口の少ない地域の山道を進んでいきます。

 時折貨物列車とすれ違いながら、真間駅(ままえき)まで向かうと電車は一休みします。真間駅では大半の電車で10分の停車時間が設けられており、この間に貨物列車とのすれ違いや車両の点検が行われます。ここからはかなりきつい勾配が続く区間ですので、ブレーキテストがかなり念入りに行われて万全の体制で発車していきます。

 真間駅から先の区間は、貨物列車は原則として重連または3重連で運行される区間です。重たい貨車を押したり逆にブレーキをかけたりして上り下りする区間は、言うまでもなく過酷。普通列車も車両によっては機関車にサポートしてもらいながら進むことがあります。

 かつてはスイッチバックが数カ所設けられていましたが、貨物列車でスイッチバックを行うのはかなり効率が悪いことから、1980年代に鉄橋やトンネルで険しい地形を克服した新線が建設されました。

 三本駅(みつもとえき)で分岐する堀田線は、貨物輸送のために敷設された路線で、石灰石輸送のほかにかつては木材の輸送も行われていたようです。旅客輸送も行われていますが、終点の堀田駅周辺で働く人と数少ない沿線住民のために設定されていることから、本数はかなり少ないです。

 次の算木駅(さんぎえき)でも支線が分岐します。こちらの支線は高瀬線という路線で、かつて「天空の孤島」とも言われた高瀬地区へ向かう路線になります。高瀬駅の近くには富原電力の発電所である高瀬ダムがあり、この高瀬ダムへの資材輸送を目的として1975年に開業しました。

 終点の谷駅(たにえき)は海洋山岳開発鉄道の谷線と接続している駅です。海上鉄道が南へ向かうルートであるのに対して、海洋山岳開発鉄道は北西へ進んで風杜方面へと線路が続いています。海洋山岳開発鉄道が谷駅まで線路を延ばした1970年代以降は、貨物列車がそちらを経由するようになって本数が減少してしまいました。

海上港湾支線

 海上港湾支線は、海上駅から海上貨物ターミナル駅までの線路で、書類上は海上本線の支線扱いとなっています。貨物列車で運ばれてきた石灰石やセメントを、船に積み替えるための貨物駅となっています。

野栄・増上寺線

 野栄駅から高橋駅までの野栄線と、野栄駅から増上寺駅までを結ぶ増上寺線の2路線は一体的に運行されていることから、同じ路線として扱われています。

 野栄駅までは海上鉄道開業時の本線だった区間ですが、野栄駅から先の増上寺線は、海上増上寺への参拝客輸送のために1928年に開業した区間となります。海上鉄道の路線としては唯一、貨物輸送が行われたことのない路線となっています。

川上線系統

 川上線(かわかみせん)系統は、原市駅(はらいちえき)から海上駅までの川上線に加え、海上駅から旭駅までの旭線(あさひせん)、万力駅(まんりきえき)から飯倉駅(いいぐらえき)までの飯倉線(いいぐらせん)の3路線で構成されている運行系統です。

 川上線は海上川の砂利輸送、旭線と飯倉線は漁港からの鮮魚輸送を目的に敷設された路線であり、また川上駅-万力駅間は人口密度が高い地域を走ることから、地方私鉄ながら昼間でも15分前後の間隔で電車が運行される区間となっています。

 起点の原市駅はNR海上線と接続している駅です。駅周辺には高校や病院がありますが、海上駅まで向かう場合は海上線の方が早くて安いことから、川上線で海上へ向かう人は限られているようです。

 川上駅手前で海上川を渡ると、ほどなくして川上駅(かわかみえき)に到着します。かつてはここから貨物支線が分岐していましたが、現在は廃止されて2面3線のやや規模の大きい駅となっています。ラッシュ時はこの駅で車両の連結・切り離し作業が行われています。留置線もいくつかあって、この駅で留置されている車両もあります。

 海上駅で海上本線と接続しつつ、電車は引き続き海上市街を走って行きます。飯倉線が分岐する万力駅からは、丘陵地帯が海岸線ギリギリまで迫ってくるところを走って行きます。風情がある区間なので、時折ドラマの撮影が行われているのだとか。

 終点の旭駅は開業時から使われている木造駅舎がそのまま残っており、少しあるくと漁港があります。近くには海水浴場もあって、かつては海水浴客で賑わっていたらしいのですが、現在は利用客が減って寂しい状況となってしまいました。

 飯倉線も漁港の近くへ向かう路線ですが、途中丘陵地帯を越えて海に向かうという違いがあります。


※当ページの内容はフィクションです※

当ページ最終更新日 2024年04月20日

当ページ公開開始日 2022年09月06日